
1: 名無しのがるび 2025/11/29(土) 16:52:14.06 ID:FTOKb5ue9 >>47NEWS 共同通信 2025年11月29日 09時00分 プロサッカー選手としてJリーグなどの華やかな舞台で20年以上、第一線を走り続けて今年1月に現役引退を表明した元日本代表MFの高萩洋次郎さんが会社員として第二の人生を歩み始めた。サッカー界を離れて未知の世界に飛び込んだ39歳の“新人”は「社会に出たら知らないことばかりなので、学んで吸収していこうという気持ちしかない」と語る。多くのアスリートが不安を抱えるセカンドキャリアのスタートラインに立つまでの過程や背景に迫った。(共同通信=田丸英生) ▽「引退後」を考える時期はいつ? 16歳でデビューしたサンフレッチェ広島では中心選手として2012、2013年のJ1連覇に貢献し、ウェスタンシドニー(オーストラリア)やFCソウル(韓国)といった海外クラブでも活躍。30歳でFC東京に加入し、ベテランの域に入ってもJ2の栃木SCや、アルビレックス新潟シンガポールと渡り歩いて現役にこだわり続けた。引退後の進路については「結果的に、やめるまで一切考えなかった」とサッカー一筋で選手生活を全うした。 競技中心の生活を送ることは、トップアスリートとして一般的といえる。サッカーチームの練習時間は比較的短いが、空いた時間で引退後を見据えて勉学などに取り組む選手は少ない。日本プロサッカー選手会(JPFA)で長年、セカンドキャリア支援に携わってきた小林慎一朗マネジャーは「時間があるといっても個人でトレーニングする人もいるし、休息はコンディション調整の重要な一部でもある。選手に『何か勉強でもしてみたら?』といった言葉をかけると、かえってプレッシャーになることもあるので無理に勧めないようにしている」と説明する。 JPFAが設ける就学支援金の存在は選手にも周知されているが、利用者は限られる。高萩さんはこの共済制度を活用して英会話教室に通ったこともあるが、引退後のためというより海外移籍を見据えてのものだった。昨年末に「もうサッカーをやり切って、すっきりした」と感じてスパイクを脱ぐ決断をしたものの、先のプランは白紙の状態。サッカー界に残る道も検討したが、妻や小学生の娘2人と過ごす時間を増やすため、週末や祝日が休みという条件を優先したことで一般企業への就職を目指すことになった。 スポーツ選手にとって競技者として区切りをつけた後、次の一歩を踏み出すプロセスが一つのハードルとなる。高萩さんをはじめ、多くの選手と代理人契約するジェブエンターテイメントの田邊伸明代表取締役は「選手は所属クラブとの契約が満了しても、トライアウトに参加するなどして移籍先を探すケースが多い。最終的に諦めてサッカーをやめると決めないと、次に向かえない習性がある。そしてほとんどの選手は就職活動をしたことがないから、何から始めたらいいか分からない」と問題点を指摘する。こうした課題に向き合うべく以前から人材紹介業の認可を取得して引退選手のフォローをしていた。さらに、昨年からは転職支援サービスのリクルートエージェントと提携を結んだ。 その関係がきっかけとなり、高萩さんの就職活動はリクルートエージェントの担当者との複数回の面談から始まった。選手としての経歴を振り返り、移籍時などキャリアの節目での判断基準や思考プロセスを徹底的に分析。応募書類の作成をサポートした中井慶太キャリアアドバイザーは「魅力を掘り出せる要素がたくさんあった。負けても次に向けて努力することが当たり前の世界で生きてきたので、自分で目標を立てて、そのために何をすべきか考えて進む力がある」と、履歴書や面接で自身の強みを出せるよう助言した。 ▽社会人経験がなくても採用した理由 10社以上に応募した高萩さんが、実際に面接まで進んだのは2社。「初対面の人と話すのは苦手で緊張するタイプなので、スーツを着てどきどきしながら会場に向かった」と苦笑いする。そして3度の面接を経て内定し、入社したのがプロスポーツチームのデジタルトレーディングカードなどのサービスを提供する株式会社VOLZ(ヴォルツ)だった。 同社では応募書類が届いた時点で「あの高萩洋次郎か」と話題になったそうだが、最終面接を行った池田宗多朗代表取締役は(略) ※全文はソースで↓ ※関連スレ 【サッカー】高萩洋次郎が引退「本当に幸せで最高のサッカー人生」広島、東京、国内外で活躍の元日本代表MF [ゴアマガラ★]…