2025年1月、トランプ氏の大統領就任イベントに登壇したイーロン・マスク氏が、右手を左胸に当ててから右斜め上にまっすぐ突き上げる「ナチス・ドイツ式の敬礼」をしたことで大きな物議を醸した。すでにこの時期、マスク氏が2月のドイツ総選挙に向けて反移民を掲げる右派「ドイツのための選択肢(AfD)」への支持を繰り返し公言していたこともあり、この敬礼は 「欧米のリベラル派」 の人々を落胆させる決定打となった。マスク氏に失望した人々のなかにはテスラ車のオーナーも少なくなく、一部は愛車に 「マスク氏がおかしくなる前にこれを買ったんだ」 とのステッカーを貼るという行動も見られた。SNS上でも失望や戸惑いを示す投稿が相次ぎ、欧米メディアでも広く報じられた。こうした反応は、消費者の心理的な動揺の深さを物語っている。 過去の研究では、電気自動車(EV)は ・環境保護主義 ・技術革新 といったリベラルな価値観と象徴的に結びつくことが多く、実際にEVオーナーには政治的リベラル派が多い傾向が報告されている。そのため、マスク氏の政治姿勢によるイメージの変化は、これまでのブランド価値とユーザーの認識に大きなずれを生んでいる可能性がある。 リベラル層の離反リスク 米ウィリアムズ大学のアレクサンドラ・フローレス氏が率いる研究チームは、2025年7月に「Humanities and Social Sciences Communications」で発表した研究で、マスク氏の政治的立場が、 ・従来の顧客層に対するブランドの魅力を損ない ・政治的立場の異なる新たな顧客層の獲得にもつながらなかった 可能性を示唆している。 研究チームは、米国最大のEVメーカーであるテスラの現在の状況を把握しようと試みた。その結果、同社の製品自体はリベラルなアイデンティティの象徴としての魅力を保持している一方で、マスク氏は対外的に保守的な人物像を強めており、 「ブランドと経営者のイメージに矛盾が生じている」 ことを明らかにした。 この矛盾は、特にリベラル派消費者に強い心理的な影響を及ぼしていると考えられる。調査では、リベラル層は従来のEV購入傾向が高かったにもかかわらず、マスク氏の保守的姿勢や政治的発言によってブランドへの信頼感が揺らぎ、 「テスラ車に対する購買意欲の低下」 が確認された。SNSやオンラインコミュニティーでは、失望や懸念を示す声が広がり、ブランド全体のイメージに波及していることも報告されている。 こうした動きは、単なる個別ブランドの評価にとどまらず、EV市場全体におけるリベラル層の関与や熱意の低下にもつながる可能性がある。テスラが持つ環境・技術志向の象徴性が、経営者の政治姿勢によって相対化される事例として、今後の市場分析に示唆を与える内容となっている。…