1: 匿名 2026/10/29(木) 13:04:19 東洋経済オンライン「10時10分前はいつなのか」SNSの小さな論争に潜む、誰もが「まちがえた」と言えない日本の構造「当たり前」が通用しない今、私たちはなぜ素直に「間違えた」と言えなくなったのでしょうか。SNSや社会の空気、コンプライアンス意識の高まりが絡み合い、謝罪さえ叩かれる現代。自明性をめぐる議論から、私たちのコミュニケーションの本質を考えます。(このリード文はAIが作成しました)舟津:カジュアルな例ですけど、この前SNSで「10時10分前とは何時のことか」という「論争」があったんですよ。與那覇:最近、若い人の用語法が変わってきたそうですね。「1000円弱」とはいくらか、とか。舟津:僕は今まで生きてきた中で、10時10分前は9時50分のことだと思ってきました。これは論理というより慣用の問題なんですよね。字面だけ汲み取れば、10時10分のちょっと前、10時9分のことだと取っても、論理的には間違っていない。でも、社会の了解として9時50分を指すんだよ、で終われる話のはずなんです。ところが、譲らずにずっと戦っている人がいる。まさに「間違えた」と言えないんですよね。・與那覇:今日のコンプラ社会では処罰を恐れて、ネガティブな発言を躊躇する人は多い。でも言いたい欲求はあるから、自分がコンプラ違反に問われず「安全に叩ける相手」を探す。コロナでいえば、自粛ムードなのにあいつは酒飲んでたぞ、とかですね。そんな環境では、間違いを認める発言をすると「じゃあ叩いていいよね? だって間違えたんでしょ?」と理解されてしまう。つまり真摯に謝り反省することが、かえって「安全に叩けますよフラグ」を立てることになる。それがわかっている人ほど、意地でも謝らないわけです。…