「あなたのために祈ってるからね」。無宗教の投稿者が、つらい目に遭ったばかりの親友に送ったのはその一文だった。相手は信仰にずっと救われてきたキリスト教徒で、投稿者が落ち込んでいた時期には、同じ言葉で何度も励ましてくれた人。ところがその日から、返信は途絶えた。他の友達にはちゃんと返しているのに、である。良かれと思って書いた一言の、どこが地雷だったのか。海外の判定は? ※注:英語圏の「あなたのために祈っています(I’ll pray for you)」「祈りを送ります(thoughts and prayers)」は、日本語の「ご冥福をお祈りします」ほど改まった言葉ではなく、「お大事に」「気にかけてるよ」に近い日常の決まり文句として、信仰の有無に関わらず広く使われている。ただし無宗教だと知られている人が口にすると、社交辞令として流してもらえる場合と、「信じてもいないのに」と受け取られる場合の両方がある。今回の相談は、まさにその境目で起きている。 ※注:アメリカでは、信仰を持っているかどうかが人付き合いの前提としてかなり早い段階で共有される。「うちは教会に通っている」「自分は無宗教だ」はどちらも珍しい自己紹介ではなく、今回の二人も互いの立場を最初から知った上での付き合いだった。だからこそ「知っているはずなのに、なぜその言葉を使ったのか」が争点になっている。 投稿者の相談 友達はキリスト教徒で、私は無宗教です。彼女は神様の存在にとても救われている人。私がつらい時期を過ごしていたとき、彼女はいつも「神様に心を寄せればきっと支えてもらえる」といった投稿を私に送ってくれましたし、「あなたのために祈ってるからね」とも言ってくれていました。 最近、その彼女自身がつらい出来事に遭いました。それきり誰とも連絡を取らず、家にこもってしまったんです。私はしばらく彼女から返事がないのを不思議に思っていました。事情がわかったのは、彼女のお母さんがインスタグラムであるニュース記事をシェアしていたからです。記事に出ていたのは、彼女のことでした。 私は彼女を励ましたくてメッセージを送りました。「ねえ、お母さんが上げてた記事を見たよ。あなたのために祈ってるからね! 大丈夫だといいな、ここからちゃんと癒えますように。あなたは誠実で素敵な人だから、神様もきっとそばにいて見守ってくれてると思う」 返事はありませんでした。でも彼女は他の友達にはちゃんと返信しています。彼女は他の友達に「無宗教のあの子が神様だの祈るだのと言ってくるのは、こっちを見下しているのと同じ」と話していたそうです。私はただ、普段から彼女を支えているキリスト教の言葉で慰めたかっただけなんです。それで彼女は傷ついて口をきいてくれないし、他の友達からも「配慮が足りなかった」と言われています。 私が間違ってる? 海外の反応 1. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍374) 自分が持っている手札の中から、いちばん相手に届きそうな言葉を選んだだけでしょ。友達が普段から支えにしているものに合わせて書いたのは、むしろ相手をよく見ている証拠だと思う。慰め方が完璧じゃなかったからって責められるのは、さすがにかわいそうだよ。 2. 海外の名無しさん(>>1への返信・投稿者は悪くない・👍90) 同意。本気で見下されたと感じたなら話は別だけど、あの文面から悪意を読み取るのは無理があるよ。信じている側なら、善意で差し出された言葉は善意のまま受け取ってあげてほしかった。 3. 海外の名無しさん(>>1への返信・投稿者は悪くない・👍41) 投稿者がかわいそうだよ。友達がとんでもない目に遭ったと知ったとき、こっちにできるのは正解の言葉を必死で探すことくらいしかない。相手が信じているものに寄せようとしたのは、間違いなく善意から出てる。受け取り方がずれただけだと思う。 4. 海外の名無しさん(投稿者が悪い・👍186) 言い方はもっとどうにかできたと思う。自分が信じていないことを自分の実感みたいに書くと、どうしても決まり文句っぽく響くし、少し上から目線に聞こえてしまう。「あなたの信仰があなたを支えてくれますように」みたいに、あくまで相手の側の信仰として書けばよかった。気持ちの向きは間違ってないんだけどね。 5. 海外の名無しさん(>>4への返信・投稿者が悪い・👍151) 友達は投稿者が無宗教だと知ってるわけだからね。「祈ってるよ」と言われても、心から出た言葉というより、その場に合う言葉を並べただけに聞こえたんだと思う。慰めようとしたこと自体が悪いんじゃなくて、自分が信じていない言葉を使ったのが相手に伝わってしまった。 6. 海外の名無しさん(>>4への返信・双方ダメ・👍44) あえて逆から言うけど、投稿者がつらかった時期に、無宗教だと知りながら神様の話ばかり送っていた友達も似たようなことをしてない?どちらも相手の立場を考えずに「自分が信じているやり方」を差し出してる。それなのに、なぜか投稿者だけが気を遣う役になっているのが引っかかるんだよ。 7. 海外の名無しさん(投稿者が悪い・👍117) わざとじゃないにしても、これはよくなかったと思う。信じていない人が口にする決まり文句は、慰めとしてはやっぱり薄い。しかも大きな出来事のあとって、信じている側の方こそ信仰そのものを揺さぶられている時期だったりする。神様の話を持ち出さずに寄り添う方法は、いくらでもあったはずだよ。 ※注:「thoughts and prayers(祈りを送ります)」は、大きな事件や災害のあとに要職にある人が繰り返し口にしたことから、英語圏では「言うだけで何もしない」の代名詞として皮肉まじりに使われる場面もある。この決まり文句が「中身がない」と言われやすい背景には、そうした事情もある。 8. 海外の名無しさん(>>7への返信・投稿者は悪くない・👍88) でも、信仰を持っている人が、信じていない相手に「祈ってるからね」と言うのは日常茶飯事だよね。そっちは善意として通るのに、逆向きのときだけ薄っぺらい扱いになるのは筋が通らないと思う。同じ言葉なんだから、どちらの方向でも同じ重さで受け取ればいい。 9. 海外の名無しさん(>>7への返信・投稿者は悪くない・👍23) そもそも友達がその考え方なら、投稿者がつらいときに神様の話で慰めようとしたりしないでしょ。自分がずっとやってきたことをそのまま返されただけなのに、返ってきた途端に返信も無しっていうのは、さすがに厳しすぎると思う。 10. 海外の名無しさん(判定保留・👍101) 肝心なところを聞きたいんだけど、実際に祈ったの?本当に祈ったなら「祈ってる」は嘘じゃないから、話が全然違ってくる。祈っていないなら、慰めるための小さな嘘ということになる。そこが分からないと、私には判断できないよ。 11. 海外の名無しさん(>>10への返信・誰も悪くない・👍37) 投稿者は別のコメントで、子どもの頃以来はじめて実際に祈ったと書いてるよ。それを知ると印象がだいぶ変わるよね。慰め方が不器用だっただけで、どちらも悪い人じゃない。ただ、その一番大事な部分が友達にはまったく伝わっていないのが切ない。 12. 海外の名無しさん(投稿者が悪い・👍63) 率直に言って、私が受け取る側だったら白々しく感じると思う。同じ気持ちは、宗教の言葉を一切使わなくても伝えられるはずだよ。「ずっとあなたのことを考えてる」「何かできることがあったら言って」。それだけでも十分すぎるくらい届く。 13. 海外の名無しさん(>>12への返信・投稿者が悪い・👍27) 私も無宗教だけど、自分をよく知っている相手に「祈ってる」とは絶対に言わない。逆に信仰のある人からそう言われたら素直にうれしいけどね。投稿者は変に取り繕わずに、思っていることをそのまま書いて謝ればいいと思う。それでちゃんと元に戻るよ。 14. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍45) 私は二十五年ほど無宗教のまま生きてきて、その間もときどき人に「祈ってるよ」と言っていた。誰かが本当に聞いているのかは分からないまま言っていたけど、それで怒られたことは一度もない。この言葉は「あなたのことを考えてる」の言い換えとして、ちゃんと機能してるんだと思う。 15. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍40) まず前提を整理したい。友達は投稿者が無宗教だと知りながら、投稿者が落ち込むたびに神様の話を送ってきていた。受け取り方によっては、それも十分おせっかいだよ。今度は自分の番になって、同じやり方で慰められたら「見下された」?それは通らないと思う。ただ、相手は今いちばんつらい時期にいるから、しばらく距離を置いて待ってあげてほしい。 16. 海外の名無しさん(>>15への返信・投稿者が悪い・👍31) その理屈は苦しいよ。相手が先にやっていたから自分もやっていい、というのは仕返しの理屈であって慰めの理屈じゃない。しかも今回は、相手が人生でいちばんきつい時期にいる真っ最中。過去の帳尻を合わせるタイミングとしては最悪だったと思う。 17. 海外の名無しさん(>>15への返信・誰も悪くない・👍19) 私はどちらも責める気になれないな。投稿者は善意で送って、外した。友達は無宗教の人から祈りを差し出されて、心がこもっていないと感じた。どちらの反応も理解できる範囲で、悪人はここにいないと思う。 18. 海外の名無しさん(投稿者が悪い・👍33) 慰めるための小さな嘘って、信じてもらえるときにだけ効くんだよね。相手は投稿者が無宗教だと知っているから、その嘘は最初からばれている。ばれている嘘は優しさじゃなく、取ってつけた言葉にしか見えない。だから「見下された」と受け取られたんだと思う。 19. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍30) 私も信じてはいないけど、誰かに「神のご加護がありますように」と言われたら「あなたにもね」と返すよ。相手が大事にしている言い方に合わせるのは、礼儀みたいなものだと思ってるから。今回もそれと同じで、責められるようなことじゃないでしょ。 20. 海外の名無しさん(投稿者が悪い・👍26) やんわり言うけど、これは投稿者の方に非があると思う。普段その信仰を分かち合っていない人が、いざというときだけその言葉を借りると、どうしても借り物に聞こえてしまう。素直に謝って「あなたに一番届く言い方をしたつもりだった、受け取り方まで考えられていなかった」と伝えればいい。それで十分伝わるよ。 21. 海外の名無しさん(>>20への返信・誰も悪くない・👍17) 謝るのは賛成。ただ、どちらが悪いという話ではないと思う。友達は今、何を言われても刺さってしまう状態で、たまたまその一言が引っかかっただけかもしれない。落ち着いてから読み返せば、まったく違う受け取り方をする可能性だってあるよ。 22. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍21) 普通に読めば、あれはとても優しいメッセージだよ。文面をそのまま追って、どこに見下す要素があるのか私には分からない。しかも投稿者が落ち込んでいたときは、向こうがずっと同じことをしてきたわけでしょ。返信すら来ないのは、さすがに冷たいと思う。 23. 海外の名無しさん(>>22への返信・双方ダメ・👍12) 二人とも同じ失敗をしているだけだと思う。自分が救われた方法をそのまま相手に渡そうとして、二人そろって外した。しかも今回は共通の友達まで巻き込んで「配慮が足りない」と言い合っているでしょ。そこまで来たら、どちらもよくないよ。 24. 海外の名無しさん(投稿者が悪い・👍16) 信じていない人から「神様がそばにいてくれる」と書かれると、正直、その言葉の重みを知らない人に軽く使われた感じがする。宗教の話には一切触れず、「何があったか知ったよ、私はここにいるから」とだけ書いていれば、こんなことにはならなかったはずだよ。 25. 海外の名無しさん(誰も悪くない・👍14) 投稿者が言いたかったのは、結局「あなたのことを考えてる、無事でいてほしい」でしょ。それなら最初からその言葉で書けばよかっただけの話。悪気がなかったのは伝わるし、友達が引っかかった理由も分かる。次に連絡するときは、借りてきた言葉じゃなく自分の言葉で短く書けばいいと思う。 まとめ 判定はきれいに割れた。「投稿者は悪くない」と見た人たちは、投稿者が持っている手札の中で相手にいちばん届きそうな言葉を選んだこと、そして普段はその友達の方が同じことを投稿者にしていたことを重く見ている。対する「投稿者が悪い」派の指摘は一点に集まった。信じていないと知られている人が信仰の言葉を借りると、それは慰めではなく借り物に聞こえる。相手はその嘘が嘘だと最初から分かる位置にいるのだ、と。判定を保留した人が投げた「そもそも実際に祈ったの?」という問いに、投稿者が別のコメントで「子どもの頃以来はじめて祈った」と答えていたことも、議論の潮目を少し変えた。 日本語にも「お祈りしています」という言い方はあるが、「ご冥福をお祈りします」「ご健勝をお祈り申し上げます」のように、ほとんど儀礼の型として定着していて、言った人が本当に祈ったかどうかを誰も問わない。英語の「あなたのために祈っています」も日常では同じ位置にあるはずなのに、今回はその一言が「信じてもいないのに」と読み替えられてしまった。型として受け取るか、中身を問うか。その線引きが送る側と受け取る側でずれたのが、この一件なのだと思う。あなたが同じメッセージを受け取ったら、素直にうれしいと感じる?それとも、少し引っかかる? 元スレッド: 「私が悪いの?無宗教なのに『あなたのために祈ってる』と言ったこと」(元投稿) The post 「あなたのために祈ってるからね」無宗教の私が親友に送った励まし、なぜ怒らせた? appeared first on 私が悪いの?【海外の反応】.…