撃った側が、自分の兵器がどこに落ちたのか分からない。第二次大戦末期にドイツがロンドンへ撃ち込んだV1飛行爆弾は、まさにそういう兵器だった。着弾地点を確かめる手段が現地の協力者からの報告しかなく、そしてその協力者は、ほぼ全員がイギリス側に取り込まれていた。 ※注:V1飛行爆弾は、1944年6月にドイツが投入した無人の飛行爆弾。パルスジェットエンジンの独特な排気音から、イギリスでは「ブンブン爆弾」「ドゥードゥルバグ」などと呼ばれていた。 今日の知ってた? 🎯 V1飛行爆弾は「推測航法」で飛んでいたため、自分がどこに落ちたかをドイツ側へ伝える手段を持っていなかった。イギリスの諜報機関はそこに付け込み、二重スパイを通じて「実際より奥まで飛んでいる」という偽の着弾報告を流し続けた。ドイツ軍は律儀に射程を短く修正し、結果としてロンドン中心部を外し続けることになった。 背景:推測航法とはどういう飛ばし方か 推測航法(dead reckoning)は、外から位置を教えてもらわずに自分の位置を割り出す方法である。いま向いている方位、進んでいる速度、飛び始めてからの経過時間。この三つを掛け合わせれば「ここまで来たはずだ」という計算上の現在地が出る。地図も星も電波も使わず、自分の中の数字だけで答えを出す。 問題は、この方法が誤差をいっさい打ち消せないことにある。外部の情報と突き合わせて位置を修正する仕組みがないので、途中で横風に押されようが、速度がわずかに読み違っていようが、機体はそれに気づかないまま計算を続ける。小さなずれが消えずに残り、飛べば飛ぶほど静かに積み上がっていく。目隠しをしたまま「歩幅70センチで200歩」と数えて歩くのと本質的に同じことをしている。 V1の場合はさらに単純だった。方位はジャイロと磁気コンパスで保ち、飛んだ距離は機首に付いた小さな風車の回転数で数える。あらかじめ設定した回転数に達したところで燃料供給が絶たれ、機体は降下に入る。つまりV1が測っていたのは「空気の中をどれだけ進んだか」であって、「地面の上をどれだけ移動したか」ではない。向かい風でも追い風でも風車は同じように回るので、当日の風がそのまま着弾点のずれになった。 そして決定的なのが、落ちた場所を報告する機能が積まれていないことだった。V1は撃ちっぱなしの兵器であり、発射側は「どこに当たったか」を偵察機か、現地に潜ませたスパイからの報告で確かめるしかなかった。 もう少し詳しく ドイツのスパイ網は、まるごとイギリスの手の内にあった。戦後に押収されたドイツ側の資料から明らかになったのは、イギリスへ送り込まれたドイツのスパイが、上陸直後に捕まったか、あるいは最初から寝返って二重スパイとして働いていたかのどちらかだった、ということである。彼らを運用していたのはイギリス情報部の「第20委員会」。ローマ数字で書けばXX委員会となり、これがそのまま「ダブルクロス(裏切り)」に掛かっている。組織の名前自体が駄洒落だった。 偽の報告は「もっと奥に落ちている」だった。二重スパイたちは、実際より遠くへ着弾しているかのような報告をドイツ本国へ送り続けた。ロンドン中心部の手前に落ちたものについては時刻や被害を正確に伝え、逆に中心部の向こう側に落ちた分の情報を厚く盛る。この組み合わせによって、ドイツ側の集計では「平均的な着弾点は目標を通り越している」という絵が出来上がる。当然の対応として、ドイツ軍は射程を詰めた。狙いの中心はじりじりと手前へ、つまりロンドンの南側へ移っていった。 ドイツ側は、機械より人間を信じてしまった。V1のうち何機かには無線発信機が積まれており、そのデータは「射程が足りていない、手前に落ちている」という傾向をはっきり示していた。V1攻撃を担当していた第155(W)連隊のマックス・ヴァハテル大佐は、この無線データと二重スパイ経由の報告を突き合わせ、両者が食い違うことに気づく。しかし彼はスパイの信頼性を保証されていたため、「発信機の側が壊れている」と結論づけた。戦後の計算では、もしヴァハテルが報告を捨てて無線データを採用していれば、照準は正しく修正され、犠牲者は5割以上増えていた可能性があるとされている。 だが、外させた先にも人が住んでいた。この作戦を最も強く推した科学情報将校のR・V・ジョーンズは、着弾の中心をロンドン南部のダリッジ周辺に置き続けようとしていた。人口が密集する中心部から離すという判断だが、逆に言えば「代わりにここへ落とす」と地図の上で指定した行為でもある。ジョーンズ自身の両親はそのダリッジに住んでおり、彼が通った学校もそこにあった。本人も後年、それを認めている。 1944年8月に内閣がこの運用を把握したとき、内務大臣は「どのロンドン市民が死ぬかを我々が決める権利はない」と反対した。この反対は通らず、作戦はそのまま続いた。中心部の被害が抑えられた分だけ、南の郊外に爆弾が落ちたことになる。巧妙な騙し合いとして語られる一方で、犠牲になる地域を選んだ作戦でもあった、という事実は残る。 海外の反応 1. 海外の名無しさん 「爆弾が自分の着弾点を知らない」って言われるまで考えたこともなかった。今なら着弾の確認なんて当たり前だと思ってしまうけど、当時は本当に「撃ったら最後、どこに落ちたかは相手側に聞くしかない」んだよな。 2. 海外の名無しさん(>>1への返信) 推測航法って要するに、目隠しをして「歩幅70センチで200歩歩いたからここが目的地のはず」とやるのと同じ。途中で風に押されても本人は気づけないし、直しようもない。ずれは静かに積み上がっていくだけ。 3. 海外の名無しさん 補足すると、偽情報を流していた二重スパイたちを束ねていたのはイギリス情報部の「第20委員会」。ローマ数字で書くとXX委員会になる。組織の名前そのものが駄洒落だったというのが、いかにもこの国らしい。 4. 海外の名無しさん(>>3への返信) 一瞬わからなくて三回読み返した。XXイコール、ダブルクロス、つまり裏切り。真面目な戦史の話をしている流れで急にこれを差し込んでくるあたり、腹が立つほど上手い。 5. 海外の名無しさん 戦後にドイツ側の文書を押収して分かったことだけど、ドイツが英国へ送り込んだスパイは、着いてすぐ捕まったか、最初から英国側に寝返っていたかのどちらかだったらしい。全滅というより、まるごと全取り込みに近い。 6. 海外の名無しさん(>>5への返信) たしか一人だけ捕まらずに逃げ切った人がいて、その人は活動資金が尽きたところで自ら命を絶ったと読んだ記憶がある。裏を返せば、それ以外の全員は本国に一度も本当のことを伝えていないことになる。 7. 海外の名無しさん 一番ぞっとしたのはここ。V1の一部には無線発信機が積んであって、そのデータは「射程が足りていない」とはっきり示していた。なのに現場の司令官は、スパイの報告の方を信じて発信機が壊れていると結論づけた。 8. 海外の名無しさん(>>7への返信) 機械は正直に数字を出していたのに、人間の報告の方が「絶対に信頼できる」と保証されていたせいで判断がひっくり返った。戦後の計算では、無線を信じていれば被害は5割以上増えていたそうだ。ひとつの結論の重さが違いすぎる。 9. 海外の名無しさん 手口としては見事だと思うけど、これは「ロンドンのどこに落ちるか」を机の上で動かした作戦でもある。中心部を守った分だけ、南のはずれの住宅地に落ちている。当時そこに住んでいた人からすれば、たまったものではない。 10. 海外の名無しさん(>>9への返信) 内閣がこの件を把握したとき、内務大臣は「どのロンドン市民が死ぬかを我々が決める権利はない」と反対したらしい。そしてその反対は通らなかった。正しい異議が通らないこともある、という記録として重い話だと思う。 11. 海外の名無しさん(>>9への返信) 郊外に住んでいた人たちは、たぶん最後まで理由を知らないままだったんだよな。「なぜかうちの方ばかり落ちてくる」としか思えない。守られた側と押し付けられた側の話が、同じひとつの作戦の中に同居している。 12. 海外の名無しさん この案を一番強く押した科学情報将校のR・V・ジョーンズは、着弾の中心をダリッジ周辺に置き続けようとした。そこは彼の両親が住んでいて、彼自身が通った学校のある町でもある。後年、本人がそう認めている。 13. 海外の名無しさん(>>12への返信) 自分の実家を範囲の中に入れておくのが、彼なりの筋の通し方だったんだと思う。それで近所の人が納得するかどうかはまったく別の話だけど、少なくとも安全な場所から他人の町だけを指定したわけではない。 14. 海外の名無しさん 「とにかく嘘をつく」という手の強さを軽く見てはいけない。ミッドウェーの前に米軍が島の真水設備が壊れたと平文で流したら、日本側の通信に「目標地点は水不足」と出てきて標的が確定した、という話が有名だよね。 15. 海外の名無しさん(>>14への返信) 暗号を解くより、相手に喋らせる方が早いという典型例。読める状態にしておいて、こちらから餌を投げるだけでいい。情報戦は結局のところ、相手の判断材料を握った側が勝つということなんだと思う。 16. 海外の名無しさん イギリスがレーダーの成果を隠すために「うちのパイロットはニンジンを食べているから夜目が利く」と広めた話も同じ系統だ。嘘の中身が間抜けであるほど、本当の技術から相手の目が逸れるという逆説がある。 17. 海外の名無しさん 遺体に偽の機密書類を持たせて海に流した作戦もこの時期の話。よく「ノルマンディー上陸の偽装」として紹介されるけど、実際は北アフリカからイタリアへ向かう上陸作戦のためで、狙いはギリシャだと思わせることだった。 18. 海外の名無しさん(>>17への返信) その元になった発想を書き残した文書の作成に、のちに007を書くイアン・フレミングが関わっている。荒唐無稽なスパイ小説を書いた人が現実に手を出したのではなく、順番が逆だったというのが面白い。 19. 海外の名無しさん 捕らえたドイツ軍将校を牢ではなく郊外の立派な屋敷に入れて、丁重にもてなした話も好きだ。居心地がよくなった将校同士が世間話のつもりで任務の内容を喋り始め、壁の向こうでは録音機が静かに回っていた。 20. 海外の名無しさん ちなみに推測航法そのものは1980年代の軍でも現役だった。イギリス空軍のバルカン爆撃機は精度を上げた版を積んでいて、ヨーロッパ圏の任務には十分だったけど、大西洋を延々と越える任務には精度が足りなかったらしい。 21. 海外の名無しさん(>>20への返信) そのときに引っ張り出されたのが、退役して倉庫に眠っていた旅客機の慣性航法装置だったはず。民間機から外した箱を爆撃機に載せ替えて、当時としては史上最長距離の爆撃任務をこなしている。話が雑すぎて好き。 22. 海外の名無しさん スマホの地図が現在地を勝手に表示してくれる時代に生きていると、「自分がどこにいるか分からない」ことがどれだけ致命的か想像しにくい。位置というのは外から情報をもらって初めて確定するんだな、とよく分かる話だった。 23. 海外の名無しさん こういう話を読むといつも思うんだけど、意図的についた嘘が訂正されないまま公文書に残って、後世がそれを事実として読んでいる例は結構あるんじゃないか。当時の記録だから正しい、とは限らないということでもある。 24. 海外の名無しさん 兵器としての弱点が、速度でも装甲でも爆薬の量でもなく「自分の結果を確認できないこと」だったのが一番の教訓だと思う。どれだけ強い武器を持っていても、当たったかどうかを敵に教えてもらっているなら意味がない。 まとめ V1飛行爆弾は方位と速度と時間だけを頼りに飛ぶ推測航法の兵器で、着弾点だけは現地からの報告に頼るしかなかった。イギリスはその穴に偽の報告を流し込み、ドイツ軍自身の手で狙いをずらさせている。コメント欄では、二重スパイ網の徹底ぶりや、無線データより人間の報告を選んでしまった司令官の判断に驚く声が並んだ。一方で、中心部を守るために別の地域へ着弾を押し付けた重さを指摘する声も目立ち、うまい騙し方の話であると同時に、誰が犠牲になるかを地図の上で決めた話でもあることが繰り返し確認されていた。 元ソース: V1飛行爆弾は推測航法で飛んでいたため、イギリスの諜報機関は偽の着弾報告でドイツ側に照準を修正させ、狙いを外させることができた The post 「爆弾は自分がどこに落ちたか報告できなかった」V1飛行爆弾に嘘の着弾報告を返し続けたイギリスの一手とは…? appeared first on みんな知ってた?【海外の反応】.…