1 名前:ぐれ ★:2026/08/13(木) 14:58:11.74 ID:XnA/LFtG9.net 尽くした会社で冷遇、給与3分の1…氷河期世代の葛藤 組織に頼らないZ世代の生存戦略 #マイノーマル 8/13(木) 11:03配信 読売新聞オンライン 「会社に人生を預ければ、定年後まで守ってもらえる」。日本の働き手を支えていた強固な暗黙の契約はかつてのものになっている。増える選択肢の中で、歩む道をどう見つけ出していくのか。それぞれの足で立ち、「はたらく」の意味を見つめ直す人々の声に耳を傾けた。(坂下結子) モーレツ社員、干されて時間持て余す 1979年、「これからはコンピュータの時代。世界一の企業で」と、外資系の大手IT企業に入社した阿部孝さん(69)の「はたらく」は会社に勤め、お金を稼ぎ、家族を養うことだった。 社会学者エズラ・ヴォーゲルが著書「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を発表し、日本は世界一になれるという自信と楽観主義が生まれ始めるバブル黎明期。基本給と歩合が6対4という環境で、ノルマ100%達成のさらに上を目指し、平日は外回りに費やし、土曜も休日出勤して提案書を作った。 「男同士で飲んで信頼を得る時代。終電は言い訳にならず、毎晩タクシーで帰宅した」 40代からはプロジェクトマネジャーとして30億円規模の案件を回し、夜11時まで顧客と打ち合わせた後、さらに飲みに行く日々で、「24時間、仕事のことだけ、それだけで良かった」。 だが、53歳の時だった。外から来た上司とそりが合わず、新規開拓担当へと事実上、干された。大きなプロジェクトには関われず、顧客を「飲みに行きましょう」と誘っても断られるようになった。 突然、ポッカリと余った時間。早く帰れば家族の生活リズムが崩れてしまう。週に2、3回、わざわざ途中下車してスナックへ立ち寄り、カラオケをして時間を潰す。猛烈社員のアイデンティティが崩れていく日々だった。「ダメだな、こんなことやってたら」。半年が過ぎた頃、ふとそう思った。それでも定年までは勤め上げた。 60歳で迎えた定年、会社からは雇用延長の話があった。ところが、提示された給料は3分の1。やることは同じだ。年下上司の言いぶりに「再雇用してあげてもいい」とでも言うような態度を感じた。その場で「結構です」と即答し、退職した。 現在はNPOで職業上のスキルを生かす「プロボノ」にやりがいを見出す阿部さんは静かに語る。 「会社の仕事は結局、お金のためだけだった。今は『世の中が少しでも良くなるかな』と思える。その喜びが大きい」 続きは↓ 引用元:…