
1: 樽悶 ★ /R43yWFU9 2026-08-11 23:59:11 〈著者は語る〉 『継体天皇 六世紀に現れた世襲王権の「始祖王」』 皇位の男系継承は、2600年以上、先人たちが守り抜いてきた皇室の伝統だ──。皇族数を確保するための改正皇室典範の国会審議で、自民党幹部が述べた。奈良時代の歴史書・日本書紀に沿った発言だが、古代史を研究する著者は、6世紀初めに大和政権の首長・大王(おおきみ)になった継体天皇こそが史料の精査の限りで、現皇室から世襲でさかのぼれる「始祖王」だとみる。 ◆日本書紀は「記述にバイアスがある」 2026年8月2日 07時00分 「継体天皇」河内春人さん 継体天皇は、6世紀前半に即位した。古代の大(おお)王(きみ)は複数の王族集団から適任者が即位したのに対し、この時代から一つの血統を重視した「世襲王権」が始まった。史料批判と綿密な検証から「始祖」たる継体天皇の実像を描く。 刊行は皇室典範の改正議論が盛んな時期に重なり、6刷、6万部を突破した。「狙ったわけではなく、天皇制の歴史への関心が高まった時期の刊行となり、驚くほどの反響となった。古代史も捨てたものではないですね」と笑う。 継体天皇の6世紀は、「倭(わ)の五王」の5世紀と、大化の改新などの7世紀という古代史の画期に挟まれ、研究は低調だった。ただ近年は、世襲王権によって政権の統一が急速に進んだという評価になりつつある。 本書の基本史料は『日本書紀』と『古事記』。特に『日本書紀』の記述には編さんによる「作為」が多分にあるとされる。たとえば、継体天皇の人柄や即位などの記述が中国史料と類似している点だ。中国の名君の記述をもとに、継体天皇を名君になぞらえようとした思惑があるとみている。「編さん者も世襲王権の始祖を歴史の節目として注目していた」と考察する。 1970年生まれ。子供の頃から歴史好きで、発掘する考古学より「部屋で本を読む方が良く、歴史学に進んだ」。専門は日本・東アジア古代史で、関東学院大教授を務める。記紀を批判し、中国との外交が途絶えた継体天皇の時代の実相を浮かび上がらせた。(以下ソース) 8/7(金) 15:30配信 7月28日トーハンの週間ベストセラーが発表され、新書第1位は『80代になるとたいていボケるか死ぬ。70代は神様から与えられた特別な時間』が獲得した。第2位は『継体天皇 六世紀に現れた世襲王権の「始祖王」』、第3位は『年とる力』となった。 2位にランクインした『継体天皇 六世紀に現れた世襲王権の「始祖王」』は、5月の刊行以来、皇室典範の改正にともなう、皇位継承に関する議論を受けて注目が集まり、刊行から2カ月を経てなお売れ続けている。 5世紀以前の倭国では、複数の王族集団から適格者が大王に即位していたとされる。ところが6世紀初頭、北陸地方からヤマト王権の有力豪族たちの招聘を受けて、王権との血縁関係が極めて不確かな人物が即位する。それが継体天皇だ。なぜ、有力豪族たちはそれまでの王権と血縁のつながらない彼を担ぎ上げたのか。なぜ彼の即位後、初めて「世襲」が王権の原理として定着したのか。そしてなぜ彼は、後世「始祖王」と呼ばれるべき特異な位置を占めるに至ったのか。本書はこれらの問いに対し、8世紀に編纂された『日本書紀』『古事記』の記述に引きずられることなく、編者による改変の痕跡までを緻密に読み解き、近年の研究成果をもとにその実像に迫っていく。任那四県割譲事件や磐井の乱といった内憂外患の実態を国際的な視点から描き出す点も読みどころだ。 産経新聞の櫟原千寿帆記者は刊行元の中央公論新社の担当者に取材し、7月19日付の同紙「話題の本」で同書を取り上げた。記事の中で、《皇位継承の議論が過熱する中での時宜を得た刊行といえるが、版元にその意図はなかったという。担当編集者の白戸直人さんによれば、現在8刷の著者の前著『倭の五王』で手応えを得て、令和2年に起案。「限られた史料を緻密に読み込み分かりやすく説明するのがうまい著者に、もう一冊書いてもらいたかった」》と取材結果を明かし、《本書は記紀など文献史料の検証が特徴だ》と解説。現在5刷5万部超で、読者から《ミステリーのようにも読める》との反響が寄せられていることも紹介している。(以下ソース) 8/1(土) 6:00配信…