1: ネギうどん ★ 2026/07/15(水) 12:33:23.26 ID:m+P+X/lt9 SEOと同調圧力が沈黙させる「個人の尊厳」 キリアン本人も主張、「正しくはムバペ」。単なる表記ゆれで片づけず、「マジョリティ(多数派)=正義」という共通のアルゴリズムについて考えるきっかけにしてはどうだろう。 「アポストロフ(')は付かないんです」 およそ2年前、世界最高峰のサッカー選手であるキリアン・ムバペ(Mbappé)が、自身の名前の正しい発音について語った動画が話題になった。フランスの公共放送のチャンネル「France 2」のインタビュー番組で彼は自嘲気味に微笑みながら、世間が自分を「エムバペ」と呼ぶことに対し、本来のつづりには「M」の後にアポストロフィがないため、正しくは「ゥムバペ(Mmmm-bappé)」のように発音するのだと明かした。それよりさかのぼること数年前、日本のメディアも本人に発音を確認。そこでも「ムバッペ」「エンバペ」は許容範囲だとしつつも、「エムバペ」は明確に否定している。 にもかかわらず、これらの動画が広く拡散された今なお、日本のメディアや大衆の多くは彼を「エムバペ」と書き、呼び続けている。なぜ、本人が「違う」と明言しているにもかかわらず、私たちは間違った名前を呼び続けるのか。 この現象の裏には、単なる「表記の揺れ」では片付けられない、現代のデジタル社会が抱える技術的・心理的なゆがみが潜んでいるように思える。それは、「SEO(検索エンジン最適化)」という経済的システムと、日本特有の「同調圧力」が結託し、個人のアイデンティティをマジョリティ(多数派)の力で圧殺する、極めて現代的な暴力の構図である。 アルゴリズムが歪める「正しさ」── SEOという名の経済的ブレーキ なぜメディアは正しい表記に移行しないのか。その考えられうる最大の理由は、インターネット空間を支配する「SEO(検索エンジン最適化)」というゲームルールにある。 商業メディアにとって、アクセス数は死活問題だ。世間の多数派が「エムバペ」と検索している現状において、ある良心的なメディアが「本人がそう言っているから」と正しい表記の「ムバペ」や「ゥムバペ」で記事を書いたとしても、Googleの検索結果で上位に表示されにくくなる可能性が高い。もちろん検索エンジンは表記ゆれをある程度吸収する。 しかし、担当者がよほど覚悟のある人間でない限り「みんなが使用している表記を選択したい」と安全策をとるのは当然で、「正しい表記をすると経済的に損をしかねない」という歪んだインセンティブがどうしても働いてしまうと考えられる。 (略) ムバペ選手は動画の中で、「すべてを正すのはキリがないから、気にしないよ」という趣旨のことを語っている。私たちはこれを彼の「寛容さ」として受け止め、免罪符にしている。しかし、これは寛容さなどではない。圧倒的な数の暴力に晒された個人が、生きるためのエネルギーを節約するために選ばざるを得なかった「消耗戦の果てのギブアップ」である。 もし彼が毎回「私の名前はムバペだ」と目くじらを立てて訂正し続ければ、世間からは「神経質だ」「クレーマーだ」と正当な不満を否定する声が出てくるだろう。最終的に彼に残されるのは「笑顔であきらめる」という選択肢……。 ムバペ選手のルーツは、父方のカメルーン、そして母方のアルジェリア(カビル系)にまたがる。「ムバペ」という名前に宿るそのアフリカのルーツを、自分たちの発音のしやすさのために勝手に「エムバペ」と書き換え、本人があきらめざるを得ない状況に追い込む。これは、マジョリティによるマイノリティへの「文化的支配」であり、実質的な「口封じ」に他ならない。少なくともそれは敬意を欠いた行為だ。 続きはソースで…