
1: ななしさん@発達中 2024/11/17(日) 08:53:35.56 BE:121394521-2BP(2112)ID:MMI4kSdn0 女性だけ複数のセ●クスパートナーを持てる…男性に何も期待しない「一妻多夫制の女系部族」のたどった末路かつてインドに女性が実権を握った社会があった。南部ケララ州のナヤール族では、息子よりも娘が大切にされ、女性は複数の男性と性的な関係をもつ自由があった。その部族はいまどうなったのか。科学ジャーナリストのアンジェラ・サイニーさんの著書『家父長制の起源』(集英社シリーズ・コモン)の一部を紹介する――。■女性が一人で出歩くことができ、識字率も高い草木に覆われたインド南西部の海岸沿いにあるケララ州は、女性が一人で出かけたり、比較的安全に心配なく通りを歩いたりできることで有名だ。 これは決してささいなことではない。私は活気に満ちた、埃っぽい首都ニューデリーのインド系時事雑誌社で初めて職に就いたとき、夜は友人や親戚と一緒でなければ外出すべきではないとすぐに学んだ。女性や少女に対してあからさまな蔑視の態度が見られ、それに対して、女性は現実的な対策を取るしかなかったからだ。 一方で、ケララは、男女の役割が逆転し、昔から女性が支配権を握り、息子よりも娘が大切にされる場所として、伝説のように語られていた。(中略)この州の男女平等に関する記録の少なくとも一部は、古くから続くナヤール族に起因している。ナヤール族は、かつてこの地域の一部を支配していた、カーストに基づく有力なコミュニティで、父系ではなく母系で先祖までたどれるように組織されている。(中略) ナヤール族では、結婚すると小さな核家族に分かれるのではなく、数十人規模の大きな母系大家族(タラヴァード)で一緒に暮らしていた。全員が一人の女性を祖先にもつ大家族だった。 兄弟姉妹は一生、一つ屋根の下に暮らした。女性は複数の性的パートナーをもつことを認められ、必ずしも性的パートナーと一緒に暮らしていなかった。つまり、父親は子育てで大きな役割を期待されておらず、むしろ自分の姉妹の子どもを育てる手伝いをしていた。(中略)ナヤール族は、小さな取るに足らないコミュニティではなかった。社会的地位への関心が高いこのインドという国で、ナヤール族は高い地位を築いていた。 ケララ生まれの作家であるマニュ・ピライは、20世紀の中頃まで200年以上にわたってケララ南部に広がっていたトラヴァンコール王国の歴史を追い、「ナヤールの女性は、生まれた家に一生を通じて守られ、夫には依存しなかった」と著書『象牙の玉座(The Ivory of Throne)』で書いている。「彼女たちは夫を亡くしても、悲惨な状況にはならない。性的権利は男性と事実上同等で、女性たちは自分の身体を完全にコントロールできていた」。>>2へ続く…