
1: 名無し 2026/06/17(水) 22:16:48.412 ID:yV6XSBt3y 「ホームランも自分も捨てた」ドラゴンズ・高橋周平が今、絶対に掴みたいもの 3: 名無し 2026/06/17(水) 22:17:44.725 ID:CFSqzS7ou 掴んだのは竜の現在 4: 名無し 2026/06/17(水) 22:17:54.876 ID:yV6XSBt3y 当時は自分の理想も周囲の期待も「ホームランを量産するチームの主砲」だった。しかし、現実は程遠く、暗中模索が続いた。「どういう選手になるべきか、全然分からなくなっていました。でも、練習だけは死ぬほどやっていました。今思えば、佐伯(貴弘)さんが二軍監督だった頃の練習が実を結んでいるんだと思います。本当にきつかった。朝から練習して、試合に出て、終わった後に特守を2時間。そこでみんな終わるんですが、僕と(古本)武尊さんだけは6時から室内でバッティング。やっと8時過ぎに終わって、寮で晩ご飯を食べようと思っても、ほとんど残ってない。仕方なく2人で近くの鳥料理屋さんで食べていました。毎日フラフラでした」 そんな猛練習もすぐには結果に繋がらない。5年目は75試合2割5分1厘4本塁打。6年目は41試合2割3分3厘2本塁打。覚醒を求められるも、眠ったままの高橋はこの年のオフ、ついに大きな決断をした。 5: 名無し 2026/06/17(水) 22:19:19.207 ID:yV6XSBt3y 「自分を……捨てたんです」全てを捨てた勝負の7年目 秋季キャンプの前、森繁和監督からはセカンドコンバートを命じられていた。また、プライベートでは結婚した。「正直、サードでレギュラーという憧れはありました。でも、チャンスはセカンド。だったら、必死で守って、あとは打てれば、試合に出られると思ったんです。試合に出ないと、家族が養えない」 試合に出るためにどうするか。高橋はサードの次にホームランを捨てた。「結局、首脳陣はヒットを毎日打っている選手は代えないんです。1本でもいいんです。例え、週に1本ホームランを打っても、レギュラーを争う僕みたいな立場の選手は3、4試合タコったら、出番はなくなります」 ヒットを打つため、スタイルも捨てた。「波留(敏夫)さんのアドバイスもあって、生まれて初めてバットを短く持ちました。あと、追い込まれてからは徹底的に逆方向を意識するようになりました。これも初めてです」 バットを長く持って、引っ張って、ホームランを打って、サードを守る。高橋はその全てを捨てたのだ。そして、始まった勝負の7年目。高橋は6番セカンドで開幕スタメンを勝ち取ると、しぶとくヒットを積み重ね、ライバルの亀澤恭平、阿部寿樹らを一歩リードした。しかし、打撃は繊細だ。次第に歯車が狂い始め、5月15日の広島戦から10打席ノーヒット。ついに22日からのDeNA3連戦(1試合は雨天中止)は全てスタメン落ち。レギュラー獲りへ黄色信号が灯った。「横浜からマツダへの移動中、『どうせ今日も無いな』と思っていました。すると、まさかのスタメンでした。試合前に森脇(浩司)さんから『頑張れよ』と言われたんですが、その時にピンと来ました。『あ、今日ダメなら二軍だな』と」…