1: それでも動く名無し 2026/05/03(日) 16:03:09 ID:y+vFy3+od.net 1272年(文永9年・至元9年)には、高麗国王・元宗の子の王世子・諶(しん、後の忠烈王)が、大元朝のクビライに「日本は、いまだ陛下の聖なる感化を受けておりません。 ゆえに命令を発して我が軍の装備や糧食を整えさせました。 今こそ戦艦兵糧を使うべきです。 わずかではありますが、臣たる私めにお任せくだされば、つとめて心力を尽くし、帝の軍をいささかでもお助けできますことを切願しております」[451] と具申した記録が『高麗史』に残っている。 李氏朝鮮の柳成龍の『懲毖録』にも「昔、高麗が元の兵を導いて日本を攻撃した」とあり、李氏朝鮮時代においても元寇に対する高麗の主導的な関与があったとの認識であった[…