1: 七波羅探題 ★ 2026/04/20(月) 08:16:22.34 ID:nGjc/MSL9 2026年最新の「予備校勢力図」はこちら AERA4/20/ 07:00 1970年代~1990年代後半、予備校は“バブル”を謳歌していた。カリスマ講師の年収は億を超え、400人を超える教室が受験生で満杯になった。だが、18歳人口の減少や現役志向の高まりにより、予備校は今「冬の時代」を迎えている。講師も生徒も熱に浮かされていたような“予備校バブル”とは何だったのか。そして、予備校はどのような生き残り戦略を図るのか。AERAの独自取材で深掘りした。 1980年代後半に代々木ゼミナール現代文講師だった出口汪さん(70)にとって、忘れられない風景がある。代ゼミ大阪校8階の教室で講義を受け持っていたときのことだ。 「講義は午前9時から始まるのですが、シャッターが8時に開くと同時に、その1~2時間前から待っていた生徒が一斉に8階まで駆け上がって教室に入り、最前列の席に座るのです。講義が始まる頃には、450人収容の教室は立ち見の生徒であふれ、その熱気たるやすごかったですね」 1990年代から2000年代にかけて代ゼミには「英語四天王」と呼ばれていた人気講師がいた。今井宏、富田一彦、西きょうじ、西谷昇二である。教壇には食べものやぬいぐるみなどの“貢ぎ物”が置かれ、受験生が質問するのに1時間も列をつくるなど、その熱狂ぶりはすさまじかった。 西きょうじさん(63)は、授業では生徒に厳しく接しながらも、暗いイメージを抱かれがちな予備校を楽しんでほしい、という思いがあった。授業では毎回、赤、ピンク、紫、グリーンなど派手な色のスーツを着て教壇に立っていた。当時をこう振り返る。 「赤面ものですね。でも、当時はそういう空気感だったんです。いまは黒か紺かグレーの服しか着ません」 西さんは授業中、あえて生徒を指名して当てるようにしている。その反応から、時代によって生徒たちの気質の変化が感じ取れるという。 「昔は、授業前から並んで前のほうに座る生徒たちは、自分が当てられたいと目をギラギラさせていました。一方的に授業を受けるだけでなく、自分も参加したいという思いがあった。でも今はライブ授業でも目立たないように視線を合わせず、傍観者、お客さまであろうとする傾向があります」 ■カリスマ講師たちの熾烈な競争 かつて「予備校全盛期」と言われる時代があった。1980年代から2000年代半ばまで、今よりも浪人生が圧倒的に多かった時代。その全盛期を支えていたのがカリスマ的な人気を誇る講師陣だった。 河合塾には里中哲彦(英語)、続木勝年(数学)、照井俊(化学)、石川晶康(日本史)、青木裕司(世界史)、権田雅幸(地理)などがいた。牧野剛(現代文)は共通一次試験現代文の出題を模試で的中させたことでも知られる。河合塾は河合文化教育研究所(文教研、2023年閉所)をつくり、さまざまな学問に通じる教養講座を開き、「予備校文化」をアピールした。 駿台予備学校は伊藤和夫、奥井潔、大島保彦、表三郎、(英語)、藤田修一、霜栄(現代文)、桑原岩雄、高橋いづみ(古文)、中田義元、根岸世雄、秋山仁、雲幸一郎(数学)、坂間勇、山本義隆(物理)、安藤達朗、野島博之、福井紳一(日本史)などが有名で、学者肌の講師が多かった。 一方、タレント的な講師が多かったのは代々木ゼミナール。青木義巳、潮田五郎、猪狩博(英語)、堀木博禮、田村秀行、酒井敏行、笹井厚志(現代文)、吉野敬介(古文)、荻野暢也(数学)、山村良橘、佐藤幸夫(世界史)、白井明、菅野祐孝(日本史)など、名の知れた講師は数多い。有坂誠人(国語)は本文ではなく選択肢から直接正解を導き出す「例の方法」を提唱し、佐藤忠志(英語)は派手な金のネックレスを身に着けた「金ピカ先生」としてテレビに多数出演した。土屋博映(古文)は歌って踊って紙吹雪が舞う授業で知られていた。 そんな人気講師を、一部の予備校生は神様のようにあがめた。派手なパフォーマンスで講師たちは競うように生徒にアピールし、それぞれの講師のファン同士がケンカすることもあった。社会の中でも予備校は大きな存在感を放つようになり、1987年には予備校生を主人公にした漫画『冬物語』の連載が『少年ビッグコミック』(小学館)で始まり、後に映画化もされた。1990年にはドラマ「予備校ブギ」(TBS系)が放送され、緒形直人、織田裕二らが出演した。 予備校は一種の社会現象となりつつあったが、その裏では負の側面もあらわれるようになる。前出の出口さんはこう話す。 ※以下出典先で 引用元: ・予備校は消えるのか、年収億超えのカリスマ講師が競い合い大教室には立ち見の受験生も、当時の講師が明かす予備校熱狂時代の異様な空気 [七波羅探題★]…