1: 縞三毛(庭) [ニダ] 2026/04/15(水) 21:31:58 事故後からの流れ 3月18日 辺野古ボート転覆事故遺族メモ 2026年4月15日 19:35 06:13 連日、食事も喉を通らず眠れなかった妻は、「知華の最期の場所を見なければいけない」とずっと口にしていた。 18日明け方、まだ行けていなかった辺野古漁港に一人で向かうことを決意。 知華がボートに乗る直前、バスに置いていったと思われるパーカーと帽子を着用し、「メディアに囲まれずに行けるのは今しかない」「知華が呼んでいる気がする」と、寝ている私と長女を起こさないようそっとホテルを出た。 移動手段:タクシー(自費) 06:20 タクシーに乗車。 事情を説明すると、ニュースを知っていた運転手さんは協力を約束し、温かい言葉をかけ続けてくれた。 沖縄の方の温かさに触れ、妻は涙が止まらなかった。 07:00 私が妻の不在に気づき、位置情報で確認して連絡を入れる。 声と話の内容から安全と判断し、見守ることにした。 07:46 辺野古漁港に到着 妻もタクシーの運転手も、平和丸が今どこにあるか分からない中、漁港に着いて車が止まると、目の前に平和丸が置かれていた。 規制線もなく、献花もなく、そこに置かれていた。 この時は、転覆時に知華がどこに座っていたか、救助された時にどこにいたのか、まだわからなかった。 早朝とはいえ漁業関係の方はおり、人目を憚りながら船のへりに片手を添えて知華の名前を呼び、迎えに来たことを伝えながら、後に確認できるよう写真と動画を残した。 事故後の平和丸2026年3月18日7時46分知華の亡くなった場所で拝みたいと思い向かった早朝の動画。タクシーで到着するとすぐ目の前に平和丸と不屈が規制線もなく花も手向けられず漁港に置かれていた。わずかながら人もおり、人目を憚りながら撮影した。YouTube (以下全文) 事故後からの流れ 3月18日|辺野古ボート転覆事故遺族メモnote.com…