1 名前:少考さん ★:2026/03/29(日) 12:38:49.45 ID:rD5kyI3g9.net ※NHKニュース 2026年3月28日午後7時39分 (2026年3月29日午前5時08分更新) 安倍元総理大臣を銃撃したとして殺人などの罪に問われ、1審で無期懲役の判決を受けた山上徹也被告が、文書での取材に応じました。どんな支援制度があれば状況が変わったか問うたところ、「そんなものはない。統一教会が無ければそもそも起こり得なかった」と答えました。 目次 2項目 山上被告がつづった書面 事件や裁判の経緯 山上徹也被告(45)は、2022年7月、奈良市で参議院選挙の応援演説中だった安倍元総理大臣を手製の銃で銃撃して殺害したとして、ことし1月、奈良地方裁判所で無期懲役を言い渡され、判決を不服として控訴しています。 判決から1か月余りたった3月上旬、被告がNHKの取材に文書で応じました。 山上被告が文書で取材に応じた内容の詳細です。4枚にわたってつづられていました。 生い立ちについて 裁判で、山上被告は、母親の旧統一教会への信仰や多額の献金によって家庭が崩壊したと説明していました。 被告には、まず、母親の入信の前後で家庭内にどのような変化があったかを尋ねました。 これについて被告は、「入信と高額献金の発覚の前後で劇的に家庭環境が悪化」としたうえで「親への信頼の根本的喪失」と答えました。 また、母親がしきりに、「道端で寝るような事になっても献金をしなければ」と話していたことも明かしました。 “兄の敵討ち”について 被告が旧統一教会への復しゅうを決意するきっかけとされたのが、母親の信仰に反発していた兄の自殺でした。 事件について、「兄の敵討ちのつもりだった」という趣旨の発言を弁護士にしていたことも、これまでの取材でわかっています。 このことばの真意を問うと、「兄は生前、教会へ苦情、談判に行くも追い返される。通夜での教団儀式の強行。その後の母と教団の呵責の無さ、開き直り、何事もなかったかのよう」などと回答しました。 試射現場は “原風景” 銃撃を決意した被告は、銃の製造を始め、奈良市内の山中で試し撃ちを繰り返しました。 その時の心境を問うと、「試射自体に高いリスクがあり、他の事を考えている余裕はなかった」としたうえで、注意していたこととして「火薬の暴発、銃の破損による負傷、発砲音や偶然による第三者への発覚・遭遇、クマ・ハチなどの対策」を挙げました。 さらに、「ああいった山中の荒れ地、殺伐とした風景は小学生ぐらいの頃に祖父が休日などにドライブがてら仕事現場の見回りに兄と私を連れて行く事があり、ある意味原風景ではある」ともつづっていました。 “教団の公認 安倍氏通して完成の域に” 被告は当初、教団幹部の襲撃を計画していましたが、その後、安倍元総理大臣が教団の関連団体に寄せたビデオメッセージを見て、標的を徐々に変えていったことが裁判で明らかになりました。 ビデオメッセージを見た時のことを聞くと、「教団の公認、社会的承認の獲得が安倍氏を通して完成の域に達しつつあった」などと記しました。 裁判では、「安倍元総理が殺害されなければならなかったのは、間違いだったと思う」と述べ、遺族に対して「自分に弁解の余地はない。非常に申し訳ないと思っています」と謝罪のことばを口にしていました。 事件は防げなかったのか 山上被告は裁判で、事件を起こしたことについて「このような結果になってしまい、大変ご迷惑をかけている」と受け止めていました。 社会にどのような支援制度などがあれば状況が変わったか問うと、「そんなものはない。統一教会が無ければそもそも起こり得なかった。あのままで統一教会が問題視される事は絶対になかった」と答えました。 これについて、宗教社会学者で、被告と10時間以上面会している北海道大学の櫻井義秀特任教授は(略) ※全文はソースで ※関連 裁判例結果詳細 | 奈良地方裁判所 事件番号 令和5(わ)7 事件名 殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反、武器等製造法違反、火薬類取締法違反、建造物損壊被告事件 裁判年月日 令和8年1月21日 裁判所名・部 奈良地方裁判所 刑事部 判示事項の要旨 引用元:…