1: 征夷大将軍 ★ mcMUA8XQ9 2026-02-11 08:44:15 梅津有希子 出版社の採用は大卒がマスト?高卒コネなし経験ナシ北海道在住の25歳女性が知った「学歴不問」採用の裏側 (前略) 出版社に入るには何が必要なのか 「好きな雑誌で働いてみたい」 25歳の頃、そんなシンプルで無謀な思いを胸に、私は札幌から東京へ出てきた。 大好きで、毎号欠かさず読んでいた雑誌『Olive』。あの誌面を作る人になりたい。ただそれだけだった。 とはいえ、出版業界についての知識はほぼゼロ。 出版社に入るには何が必要なのか、どうすれば編集者になれるのか。そんなことは、考えたことすらなかった。 (中略) ■「出版社=大卒」が常識だと知った日 東京に出てまずやったのは、以前『Olive』の札幌取材で知り合ったスタッフに連絡を取ることだった。 「編集部でアルバイトを募集していませんか?」 返ってきた答えは、あっさりとした不採用。当時の条件は「大学生であること」。高卒の25歳は、応募資格すらなかった。 新聞の求人欄を見ても、並ぶ文字は「大卒以上」。「やる気があれば会ってもらえるかもしれない」と条件を無視して応募してみたが、結果は惨敗だった。 ここで初めて知る。出版社は、「大卒以上」が前提の世界なのだということを。 北海道で育った私の周りに、編集者やライターはいなかった。「親が出版社勤務」という友人もいない。そもそも「編集者になる」という進路自体が、身近な選択肢ではなかったのだ。だから、「好きな雑誌で働きたい」という気持ちはあっても、「どうやってそこにたどり着くのか」という地図を、私はまったく持っていなかった。 それでも諦めきれず、業界について調べるうちに、ひとつの条件が目に入る。 「編集経験3年以上」 学歴は今さらどうにもならない。ならば、もう一つの条件を満たすしかない。 「経験」を積むことだ。 ■「学歴不問」「未経験歓迎」の落とし穴 とはいえ、「大卒」が入り口の出版社には入れない。 そんなある日、書店で立ち読みしていたとある犬雑誌の奥付で「スタッフ募集」の告知を目にする。 「学歴不問」で、作文と履歴書のみで応募できる。幼少の頃からずっと犬と暮らしていたので、「いかに犬が好きか」「こんな企画がやりたい」などと熱い思いを作文に込めたところ、未経験ながら採用されることに。上京1年半、26歳でようやく雑誌編集者への道を歩み始めたのだ。 だが、私が入社したのは、出版社ではなく、編集プロダクションだった。 テレビ局の入社試験に落ちても、制作会社に入れば番組を作れるように、編集プロダクションに入れば、雑誌や書籍の仕事はできる。 仕事の中身は、出版社の編集者とかなり近い。取材をし、撮影をし、原稿をまとめ、誌面を作る。だが、立場と条件は、似て非なるものだった。 私が働くことになった編集プロダクション――通称「編プロ」は、正直に言えば、過酷な職場だった。泊まり込み、徹夜、休日出勤は当たり前。人手不足で代休も取れず、給料は安い。今なら完全にアウトな働き方だろう。 それでも私は、そこに飛び込むことを決めた。理由は単純だ。「3年以上の編集経験」を積むためには、ここしかなかったから。 「ダメと言ったって聞かないんだから」 過酷な毎日を送る日々だったが、それでも、私が「やめよう」と思わなかったのは、高校時代の経験と、親の存在があったからだ。 中高時代、私は吹奏楽部に打ち込み、全国大会で金賞を目指してきた。どうすれば目標に近づけるのかを自分たちで考え、試行錯誤を繰り返し、結果を出すまでやり続ける。その経験が、知らない世界に飛び込む怖さを和らげてくれたよりも、「目標に近づきたい」という想いを後押ししてくれたのだ。 そしてもうひとつ。両親はいつも、「あんたのやりたいことをやりなさい」と背中を押してくれた。上京すると言ったときも、反対はしなかった。 「ダメと言ったって聞かないんだから、がんばりなさい」 2025年都内ギャラリーで開催された、写真家・恩田義則さんによる展覧会「Forever!! オリーブ少女」にて。 恩田氏は『Olive』で数多くのファッションページを担当していた。写真提供:梅津有希子 画像ギャラリーを見る(全8枚) その言葉が、どれほど心強かったか。こうして私は、「出版社に入る」ことを目標に、「3年以上の編集経験」を手に入れるべく、編プロで働き始めた。 この選択が、その後の人生を大きく変えることになる。 FRaU2026.02.11…