1: nita ★ N0vvT3he9 2026-02-06 06:38:15 (略) 選挙のために「原発ゼロ」をあっさり諦めた立民に背を向けた支持者 比較対象ができたことで、立憲民主党のこれまでの主張が、いかに空疎で、非現実的であったかが、誰の目にも明らかになってしまった。 原発の問題1つとってもそうだ。公明党は、経済の現実を見据えて再稼働を容認する。対して、立憲民主党は「原発ゼロ」を叫んできたが、合併協議の中で、選挙協力という実利のためにあっさりと自らの旗印を下ろした。 旗印を簡単に下ろせるということは、その主張には、最初から重みも覚悟もなかったことの証明ではないか。 無党派層は変化を敏感に感じ取り、「やはり、あの人たちには任せられない」と静かに背を向け始めた。さらに深刻なのは、これまで立憲民主党を熱心に支えてきた市民運動家たちの絶望だ。 自分たちが正義だと信じて叫んできたスローガンが、公明党の組織票と引き換えに捨てられたのだ。運動家たちの熱意は急速に冷め、やる気は失われた。 しかし、この悲劇の原因は、決して公明党にあるわけではない。すべての災いの種は、立憲民主党自身がこれまでに撒いてきたものだ。 合併によって破壊された立憲民主党の「空想」 実現不可能な夢物語を語り、反対のための反対を繰り返し、一部の極端な思想を持つ人々に過剰に迎合してきた。自分たちの足元がいかに脆いかを直視せず、心地よい熱狂の中だけで政治活動をしてきたツケが、公明党という「現実」と直面したことで、一気に回ってきたに過ぎない。 「立民は公明党とくっついて本当によかったのか」という問いに対する答えは、明確に「是」である。 なぜなら、合併という劇薬によって、立憲民主党が抱えていた「空想」が完全に破壊され、日本の野党政治がようやく正常化するからだ。 情勢調査が示す通り、仮に中道改革連合が大敗を喫し、再び解党してバラバラになる未来が待っているとしよう。しかし、それこそが、私たちが待ち望んでいた「浄化」のプロセスではないか。 合併新党が崩壊すれば、野党第一党の座には、現実的な政策を掲げる国民民主党が座る公算が高い。そうなれば、国会の風景は劇的に変わるはずだ。 いつまで続けるのか見当もつかない統一教会問題や、裏金問題の終わりなき追及といった「スキャンダルショー」は、過去の遺物となる。代わりに、国民生活にとって何が本当に大事なのかという、本質的な論点が議論の主眼となってくれるはずだ。 壮大なる「自爆」であったと歴史は評価 政治が「生活」という現実に戻ってくるのだ。 そこでは、どう考えても時代に合わなくなっている憲法の改正論議も、タブー視されることなく粛々と進むに違いない。 空想めいた平和主義や、反対のための反対を繰り返す政党は排除され、比較的まともな政党同士が、国の行く末を真剣に話し合う。もし、そのような国会が実現するのなら、これほど喜ばしいことはない。 そして、かつて立憲民主党に所属していた議員の中でも、まだ現実が見えている「まともな」政治家たちは、迷うことなく国民民主党の門を叩けばいい。 立民と公明がくっついたこと。それは、古い野党政治を終わらせ、まともな国会を取り戻すための、壮大なる「自爆」であったと歴史は評価するのではないか。 文/小倉健一 全文はソースで…