1: 匿名 2026/01/15(木) 11:39:48.31 ID:??? TID:gundan 全国でもおなじみだった元アナウンサーにしてみれば、昨今の“テレビ離れ”には忸怩(じくじ)たる思いがあるらしい。 研究者に転身して今年10年目。1995年の阪神大震災をきっかけに、あるべき地域メディア像を模索してきたという京都産業大教授の脇浜紀子さんである。業界の未来を、災害時の役割を今どう見るか。まずは聞いてみたかった著作のことから――。(編集委員 稲垣収一) ■物騒なタイトル 読売テレビ(大阪市)に在職中の2001年、『テレビ局がつぶれる日』(東洋経済新報社)という物騒なタイトルの本を出した。会社の制度で米国の大学院に留学し、インターネットの波が押し寄せる米メディアの最新事情を学んだ後のことだ。社内の反応はどうでした? 「実は当時、ワクワクしながら書いたんですよ。日本のメディアもブロードバンドやデジタル放送が迫った変革期。ネットの時代は視聴者の選択肢がぐっと増え、それに対応できればテレビの仕事も豊かになる。だから業界を中から変えたい、と思ったんです。社長に出版を報告したら『ワッハッハ、いいじゃないか。頑張れよ』って。懐の深い会社でした(笑)」 先見の明と言うべきか。この本では「旧メディア」「新メディア」という言葉を使い、テレビがネットにのみ込まれる危機感を率直につづったが、近年は実際に視聴時間が奪われている。特に影響が大きいのが、在京キー局からのネットワーク収入(キー局の番組やCMを流すことで得られる分配金)に依存する三大都市圏以外の地方ローカル局だ。 「執筆当時はまだ楽観的な空気がありました。ところがこの20年です。テレビは常に盤石なビジネスという意識から、ネットを対立軸に置いたことで対応が遅れた。今でこそ民放各局も配信に力を入れていますが、結果として地方の電波は存在意義が薄れる。合併、再編といった言葉が現実味を帯びてきています」 >> 【ネットの広告費はテレビの2.5倍】 テレビ局は斜陽となった、億単位の巨額広告費がネットに雪崩をうち、社会的影響力さえ失った >>…