
1: 匿名 2026/01/11(日) 09:56:35 ID:5DUQaPvZ9 奈良県立医科大学は入試改革により、定員50人以上の入試区分でのランキングで全国トップ3に躍り出た。 理事長で学長の細井裕司さんは「2013年度入試から後期日程重視の入試に改革した。 その結果、全国から優秀な受験生が集まるようになった」という――。 ※本稿は、細井裕司『挑戦する人か、文句を言う人か 奈良医大7883日の奮闘と大改革』(日経BP)の一部を再編集したものです。 ■東大理3・京大医落ちを狙え (国公立大学入試制度で)分離・分割方式が採用された当初は、多くの大学が前期、後期の両日程で試験をしていた。 しかし数年後には、前期日程だけで試験する大学が増えた。 関西で医学部のある8つの国公立大学医学部の募集定員は合計900人ほどだが、私が後期日程入試を行っている医学部の減少に着目した2010年頃、後期日程での試験を維持しているのは奈良医大と大阪大学医学部だけとなった。 人数にすれば奈良医大が20人、大阪大学が15人のわずか35人だ。 そのうち大阪大学医学部も後期日程試験を取りやめた。 もはや全国的に見ても、後期日程試験を残す大学は少数であった。 私はこの状況を見て、チャンスだと感じた。 後期日程試験を実施するのが奈良医大だけになれば、東京大学理科3類や京都大学、大阪大学の医学部を不合格になった受験生の多くが本学の後期日程を受験するようになるだろう。 後期日程の募集定員を増やせば、それだけ優秀な学生を全国から集めることができると私は確信した。 受験には運の要素も大きいので、東大を不合格になった人が合格した人よりも大きく劣るということはないはずだ。 少なくとも入試偏差値だけは、全国トップクラスの大学と肩を並べることができるかもしれない。 ■教授会で多くの反対にあう そこで私は2011年、当時の吉(※吉は「つちよし」)岡章学長に後期日程重視の構想を提案し、「入試改革委員会」をつくっていただいた。 委員は当初10人規模で構成する案が示された。 だが、それでは議論が冗長になりかねない。 5人に絞り込むことを提案し、私は入試改革委員会委員長として改革案のとりまとめに着手した。 従来の慣行を大きく転換し、後期日程を重視する入試戦略だ。 しかし、医学科教授会で待っていたのは多くの反対だった。 最大の理由は、「全国から優秀な学生を集めると、卒業後の臨床研修の段階で県外の病院を希望する学生が増える」というものだ。 背景には、2004年に義務化された新医師臨床研修制度がある。 新卒医師が大都市の研修病院に流出し、地方の大学病院は深刻な医師不足に直面していたのだ。 各科の教授たちは、とにかく一人でも多くの新卒医師を自らの医局に入れたいと思っていた。 そのため「全国から学生を集める」という私の提案は、かえって人材流出を招くリスクと捉えられた。 ■教授たちの研究室を訪ね歩いて説得を試みた また、「いったん奈良医大に入学後、在籍したまま東京大学理科3類や京都大学医学部を再受験する仮面浪人が出るのではないか」という危惧も示された。 実際、改革当初の数年間は数人の仮面浪人が存在したが、その後は減少した。 私はこうした反対を前に、正面から説得を試みた。 将来、世界に認められる研究者や医師を育成するには、やはり優秀な学生の確保が欠かせない。 そこで、反対した教授たちの研究室を一つ一つ訪ね歩いて「優秀な学生を、さらに優秀にして送り出すことこそ教育者の使命ではありませんか」と繰り返し語りかけた。 卒業生を奈良県内に残すには、キャリアの構築支援など、また別の取り組みが必要だ。 こうした私の主張に理解を示す教授が少しずつ増えていった。 採決をとったのは2011年6月14日の教授会だった。 賛否が拮抗する中で、後期日程重視の入試改革案は、僅差で賛成票が反対票を上回った。 これにより、2013年度の入試から奈良医大は全国的にもまれな「後期日程重視」への転換を正式に決定したのである。 続きは↓ 「東大理3・京大医落ちの優秀な学生がやってくる」地方公立大医学部が"偏差値70"の全国トップ3に躍り出たワケ(プレジデントオンライン) - Yahoo!ニュース奈良県立医科大学は入試改革により、定員50人以上の入試区分でのランキングで全国トップ3に躍り出た。理事長で学長の細井裕司さんは「2013年度入試から後期日程重視の入試に改革した。その結果、全国から優Yahoo!ニュース [PRESIDENT Online] 2026/1/11(日) 8:15…