
1: 匿名 2026/01/04(日) 14:45:37.64 ID:y9w4DOMj9 >>1/4(日) 13:30 毎日新聞 祭りは世につれ、世は祭りにつれ――。祭りの現場を訪ねると、地域の「現在(いま)」が見えてきた。 大蛇をかついで「わっしょい」 毎年8月の最終日曜。ブランド米「岩船産コシヒカリ」の産地として知られる人口4500人あまりの小さな村が1万人以上の観光客でごった返す。 「わっしょい!わっしょい!」――。真夏の暑さが残る中、法被姿の約500人が、威勢の良いかけ声を上げながら、竹とワラで作った全長82・8メートル、重さ約2トンの大蛇を「みこし」のように担ぎ、収穫を控えた田んぼの脇を右に左にうねりながら進む。村役場駐車場で大蛇がとぐろを巻いてフィナーレだ。 1988年に山形県と隣接する新潟県北部の関川村で始まった「えごせきかわ大したもん蛇まつり」は地域に根ざした新しいイベントを作ろうと若手有志が集まる「せきかわふるさと塾」がきっかけ。塾のメンバーで大蛇パレードを発案した須貝正春さん(72)は「村に伝わる水害をもたらそうとした大蛇を村人が退治した「大里峠」伝説を活用できないかと考えた。米俵のイメージで、竹で筒型をつくりワラをつけ、それをつないで一つの蛇を作ろうとなった」と振り返る。ドラム缶をつないだ蛇を川に流すというアイデアも出たという。 大蛇の胴体は54のパーツに分かれている。村の集落と同じ数で、制作は集落ごとに分担してつくり、それをつなぐ。誰も経験がないため、当初は反発の声もあったが、1回目が終わると、各所から反響があり、協力する人の輪が広がった。大蛇は壊れるため、数年に一度新調しており、現在の大蛇は10代目。パレードには、地元の関川中の生徒や国際ボランティア学生協会のメンバーなど幅広い世代が加わる。 「戦後最悪の水害」忘れずに 村の恒例行事として定着したが、地域に伝わる伝説や神話をもとに、大きな蛇や竜が練り歩く祭りは他の地域にもある。だが、関川村のまつりは伝説だけでなく「羽越水害」の追悼をテーマとしている点が大きな違いだ。 羽越水害は1967年8月28日から29日にかけて新潟、山形両県で発生した豪雨災害で、新潟では者・行方不明者が計134人に上るなど戦後最悪の水害と言われた。まつりが始まったのはその災害から21年後。コロナ禍による中断を経て、現在まで続いている。大蛇の長さは水害が発生した「8月28日」にちなんだ。 続きは↓ 82.8メートルの大蛇で水害の記憶つなぐ 新潟・大したもん蛇…