1: シャチ ★ 2025/05/31(土) 20:42:14.70 ID:vOohseet9 5/31(土) 7:36配信 東洋経済オンライン あっちにもタワマン、こっちにもタワマン。気付けば日本の街はタワマンだらけになった。 それもそのはず。タワマンは2024年末時点で全国に1561棟もあるという。その土地の生活、景観、価値を大きく変えてしまうタワマンだが、足元には地元の人たちの生活圏がいまも広がっている。縦に伸びるタワマンではなく、横に広がる街に注目し、「タワマンだけじゃない街」の姿をリポートする。 第1回はタワマンの聖地、神奈川県川崎市の武蔵小杉駅前。乱立するタワマンの足元で、変わりゆく街の姿を見つめる旧住民たちの視点とは。 【画像7枚】すっかり「タワマンの街」になった武蔵小杉。昔からある商店街には味のある商店や飲み屋が並ぶ ■タワマンが建つ前、武蔵小杉には何があったのか 日本テレビの24時間テレビは好きになれないが、テーマソングの「サライ」はきらいじゃない。東急武蔵小杉駅(神奈川県川崎市中原区小杉町3-472)から徒歩数分にある「サライ通り商店街」を歩きながら、そんなことを考えていた。 サライ通り商店街を横切るように流れる渋川という小川の両岸には、ソメイヨシノが植樹されており、桜の名所としても知られる。 【画像7枚】すっかり「タワマンの街」になった武蔵小杉。昔からある商店街には味のある商店や飲み屋が並ぶ ここを散策したのは、ちょうど桜の時期だった。 楽曲『サライ』のようにふぶくほどの花びらは散っていなかったが、サライ通り商店街の空を仰ぐと、いくつものタワマンが見えた。 武蔵小杉はかつて、工場と住宅が混在する、どちらかというと地味な街だった。神奈川県川崎市中原区のほぼ中央に位置し、東急東横線とJR南武線の乗換駅として機能してきたが、長らく“通過される街”でもあった。 転機が訪れたのは2000年代半ば。工場跡地の再開発が始まり、2007年にレジデンス・ザ・武蔵小杉(神奈川県川崎市中原区新丸子東3)が竣工。 その後も次々と大規模マンションが建設され、かいわいはさながらタワマン銀座の様相を見せ始め、「東京に通える未来都市」として注目を集めた。 2010年代にはテレビや雑誌で取り上げられることが増え、“住みたい街ランキング”の常連となり、人口も急増した。 現在、駅周辺には10本を超えるタワーマンションが立ち並び、高層ビルの合間をベビーカーが行き交う光景が日常となっている。 ただ、このエリアには、昭和の香りを残す商店街も残っている。この“ギャップ”こそが、武蔵小杉という街の今を物語る。(以下ソースで 引用元: ・【武蔵小杉】「タワマン住みの“新住民”は町内会に入らない。でも、祭りには来る」…激変した街に“旧住民たち”が語ること [シャチ★]…