引用元: 1 :それでも動く名無し:2025/08/31(日) 02:19:19.54 ID:BpIvS71g0 2004年5月、Bは再び罪を犯す。 知人に対する逮捕監禁致傷の罪で起訴されたBは、 翌年3月東京地裁で懲役4年の実刑判決を受ける。 2009年、府中刑務所を満期で出所したのち、 埼玉県のアパートでひとり暮らしを始める。そこは生活保護受給者や元受刑者など、 部屋が借りにくい人たちを受け入れているアパートだったという。 Bは仕事もせず、生活保護を頼った。ひとり部屋に引きこもる日々。 Bの最期は寂しいものだった。 「母親がいつものように弁当を持っていくと、 トイレのなかで倒れた状態で発見されたのです。救急車を呼んだが、息をしていませんでした」 Bの最期の様子を知る人物は少ない。 長年母子を支援していた女性は、「あまり報道しないで」と言いながらも、 涙を浮かべながらBの様子を語ってくれた。 「事故だったんです。感情を抑える薬を飲んでいて、ふらついてトイレの中で倒れたんです。 そうしたら便器とタンクの間に頭がはさまって外れなくなって、嘔吐して死んだんです。 最期はかわいそうな死に方でした。本来は明るくて、物静かで、優しい子です」 Bが死亡したのは2022年7月16日。51歳だった。 …