787 :ぽめぷー速報 2020/11/15(日) 16:39:26 ID:yG.gj.L3 書き捨て。私は母子家庭育ちでとても貧乏だった。母と私と妹と、女3人で市営団地に住んで母は元々働くことが嫌いな人だったから、養育費とパート代でカツカツなくせに煙草が止められない人だったから本当に貧乏な生活だった。友達と一緒に遊ぶお金も無かったし、部活やる余裕もなかった。お金を使わずにやれることって言ったら勉強しかなかったので成績だけは割と良かったから、先生からは奨学金を受けて進学しろと勧められたけど学歴にはあまり興味がなくて、高校を出たらすぐに就職した。働いたらちゃんと報酬が貰えた上に、その会社は夏冬年度末と賞与が出たので働くことが楽しくして仕方がなかった。お金をもらえるのが嬉しくて嬉しくて。職場には私と同じ高卒の社員も多かったから居心地も良かった。ある程度のお金が溜まったら、私は家を出た。母にはずいぶん引きとめられたけど、家にいるとよく財布からお金を抜かれていたし今独立しないと母と同じ人生になってしまうと焦りもあった。とにかく母のような人生はまっぴらだったから。妹とは元々あまり仲良くなかったので、家を出てから殆ど会ってなかった。ところが、妹が二十歳になるのを待ってたように母が命を絶った。癌で余命宣告されたらしくて、保険に入ってなかったから治療費もないし苦しいのも嫌だし特に未練のある人生でもないからって遺書に書いてあった。不思議なぐらい何の感情も湧かなくて、母らしいなとしか思わなかった。以来、妹とは連絡先は交換してあるものの殆ど連絡を取り合うことなく20年過ごしてきた。続きます。…