
1: 征夷大将軍 ★ iwIxf0AD9 2026-08-21 16:34:16 東洋経済2026/08/21 14:45 高校野球の甲子園大会が佳境を迎えた8月19日午後、「情報ライブミヤネ屋」(読売テレビ・日本テレビ系)で「『死球』『盗塁』は不適切? “野球用語”見直し検討」というコーナーが放送され、物議を醸しています。 ■もともとは宮城県内の高校生による「素朴な疑問」 これは宮城県高等学校野球連盟による「野球用語を考えてみませんか?」という問いかけと取り組みに対する反応。 野球用語の中には「現代では相応しくない用語も含まれる」として、「一死・二死」「犠牲バント・犠牲フライ」「併殺・三重殺」「刺殺・補殺・挟殺」「死球・盗塁」がピックアップされています。 さらに「試合中に、『刺せ〜』『殺せ〜』『盗め〜』という言葉が出るのはこういった用語があるからだと思われます」として、それに代わる用語を募集。もともとは宮城県内の高校に通う生徒の提案であり、若年層の素朴な疑問とも言えますが、これを宮城県高野連がピップアップして進めたことにさまざまな声が上がっています。 宮城県高野連は来月下旬にも検討委員会を設置し、主催大会の記録などを変えていく方針が報じられていますが、この動きは本当に子どもの教育的対応と言えるのか。それとも行きすぎた言葉狩りなのか。騒動が拡大した本質的な理由を掘り下げていきます。 まず代替用語の主な候補として、死球は「当球」、犠打は「貢献バント」、盗塁は「隙あり」、一死は「一消」が上がっていると報じられています。 野球が好きな人ほど違和感を覚えてしまうのは当然でしょう。野球が日本に伝わったのは1872年と言われ、その後1894年に中馬庚さんが第一高等中学校(現東京大学)のベースボール部史を執筆する際、「野球」という用語を使用し、 ルールブック記載の野球用語を特有の漢字表記で表しました。 野球用語はそこから約130年にわたって使われてきたものであり、その浸透度を考えると変えるためには相応の必要性がいるでしょう。 ■子どもたちに「死」「犠」「殺」「盗」「刺」という言葉を教えることも教育 裏を返せば、相応の必要性が感じられないから「言葉狩りだ」という批判が上がってしまうということ。番組でもネット上でも用語の変更は不要派が大きく上回り、「他にやることないのか?」「もっと見直すべきものがある」「誰も気にしてないわ」「野球選手は誰もそんなこと思っていない」「言葉を変えたら殺人が減るのか」などのコメントが上がっています。 さらに「死」「犠」「殺」「盗」「刺」などの文字が子どもの教育的によくないものと決めつけることへの批判も少なくありません。言葉の置き換えは「これらの文字は世の中から消すべき」というメッセージのようなニュアンスがありますが、「死」「犠」「殺」「盗」「刺」という行為そのものを消すことはできず、臭いものにふたと言われても仕方がないでしょう。 子どもたちにこのような言葉を教えることも教育であり、「死」「犠」「殺」「盗」「刺」が必ずしもネガティブな意味だけとは限らないことを教えることも教育と考えるほうが自然。ネガティブな一部分を切り取って消そうとする動きに反発が集まるのは当然のように見えます。 また、整合性という点で見ても、音楽、ゲーム、ドラマ、映画など他のエンターテイメントでこれらを扱うのはいいのか。なぜ野球だけターゲットにされるのか。しかも身内であるはずの高野連がなぜ自ら首を絞めるような動きをするのか。 これらの疑問から今回の動きは、地元高校生の発想に乗っかっただけの場当たり的なものと見られてしまった感があります。 ■なぜ宮城だけ? 「問われるガバナンス」 ただ、人間が使用する言葉は時代とともに変化していくものであり、「時代や人々の価値観に合わなくなってきたら見直しを問いかける」という行為に責められるところはありません。しかし、今回はその問いかけ方に問題がありました。 なぜ宮城県高野連の発信なのか。県内だけで済む話だと思ったのか。県内だけ変わればいいと思ったのか。変更を言い渡された現場の労力や混乱は踏まえないのか。変更を県内が本拠地の東北楽天ゴールデンイーグルスや社会人野球のJR東日本東北、日本製紙石巻、七十七銀行にも合わせてもらうつもりなのか。視野の狭さが批判を招いたところは否めないでしょう。 そもそも代替用語の募集をはじめたのは2025年7月でしたが、最近までほとんど知られていなかったのは宮城県高野連の発信だったから。なぜ日本高野連の発信ではないのか。高野連という組織のガバナンスに疑問を抱かせるものであり、批判を集めている現在もそれを修整しようという動きが見られません。 ※以下出典先で…