
1: 匿名 2026/07/29(水) 16:28:28 デジタル日本人義勇兵が語る「私がロシア軍で戦うワケ」…実業家として財を成した男は、戦地に向かった | FRIDAYデジタル’22年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻。その最前線で、ロシア軍の義勇兵として戦う日本人がいる。特殊部隊「アフマット・スペツナズ」で任務に就いた経験を持つ金子大作氏が、戦地に赴いた理由を語ったロシアの民間軍事会社「ワグネル」に所属していた兵士たちと。周囲からは「サムライ」と呼ばれていたという「会社をたたんで戦場に行く」「ウクライナ軍の主力兵器のドローンは戦場を24時間飛び回っており、徹夜でドローンの撃墜任務にあたる日もありました。偵察ドローンの飛行音は蚊の飛ぶ音とそっくり。集中力を欠いていると発見が遅れ、爆弾を投下されて命取りになります。戦車を一発で飛ばせる爆弾を積んだ機体もある。ひとたび前線に出ると、睡眠時間は1日に2〜3時間取れればいいほう。まともに寝た記憶がないですね。前線では水が慢性的に不足しているので、シャワーを浴びられるのは1ヵ月に1度だけ。仮眠中に汚れた身体の上を巨大なネズミや虫が這いずり回る。そんな状況でも、敵の攻撃が始まれば武器を取って迎撃せねばならない。戦地で生き残るには、戦うしか方法がないからです」’22年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻。その最前線で、ロシア軍の義勇兵として戦う日本人がいる。金子大作氏(51)は、自身の半生や戦地での体験を綴(つづ)った著書『ロシア軍の日本人兵士 最強の特殊部隊「アフマット」で見た地獄』(講談社)を上梓(じょうし)した。なぜ、彼は戦地に赴いたのか。金子氏は28歳のとき、地元大阪で板金塗装会社を設立。35歳のときに貯蓄は1億円を超えた。だが、それから3年後、38歳になった金子氏は「5年後に会社をたたんで戦場に行く」と決意する。「事業で成功して豪遊しても、なんの充足感も得られなかったのです。『自分はなんのために生きているのか』と悩みました。最も『生』を感じられる場所に行きたい――熟慮のすえに僕がたどり着いた結論が『戦地に行く』でした」ところが5年後の’18年、金子氏は向かうべき戦場を見つけられずにいた。その後、新型コロナウイルスのパンデミックが始まり海外への渡航が制限されるなか、金子氏はある会社の存在を知る。埼玉県の「田村装備開発」だ。「田村装備は実戦形式の訓練が受けられる、日本で唯一の民間軍事会社です。炎天下での体力トレーニングや射撃の訓練、傷を負った際の応急処置の講習など、実践的な知識や技術を叩き込まれました」’20年の夏に田村装備での訓練カリキュラムを終えた金子氏は、当時渡航可能だったタイに渡った。現地の射撃場のオーナーに腕を買われ、射撃のインストラクターとして腕を磨いているさなか、ロシアによるウクライナ侵攻が発生する。「ウクライナ侵攻はタイでも連日ニュースになっていましたが、『プーチン=悪』と断定しておらず、タイ軍部の将校は『正義はどちらにあるか分からない』と言っていました。ロシアがウクライナに侵攻した最大の原因は、’14年の『マイダン革命』です。親ロシア政権といわれたウクライナのヤヌコーヴィチ大統領を退陣に追い込んだクーデターですが、背後にはウクライナの政権交代を狙うアメリカの存在があった。…