
1: 少考さん ★ DjbJs+jL9 2026-07-27 22:48:13 「肌色で塗らんといて」小学校の先生は、黒人ルーツの私にそう言った 父の故郷ガーナを訪れ、日本人の母と話して考えたこと【多文化共生企画】 | NEWSjp -共同通信 2026/07/27 Published 2026/07/27 10:30:00 Updated 2026/07/27 08:28:31 両親が1998年挙げた結婚式の写真 「肌色で塗らんといて」。小学3年生の時、担任の先生からの一言が忘れられない。他の子と同じように、今は「うすだいだい」などと呼ぶ“肌色”のクレヨンで自画像を塗った時だった。先生は「鏡をよく見て」と言った。放課後、ひとり残って茶色のクレヨンで顔を塗り直した。あれから15年、ずっと引っかかっている。 記者の私(24)は、黒人の父親と日本人の母親との間に、大阪で生まれた。記者になって3年目。外国ルーツの人たちや外国籍住民への視線や政策が厳しさを増している今、改めて母とこれまでのことを話し、考えた。(共同通信=橋本圭太) 自宅で両親と会話する橋本圭太記者 ▽父はオーバーステイだった 久しぶりに帰った実家で、54歳の母はあっさりと言った。 「結婚記念日?覚えてない」 父(56)とはナイトクラブで仲良くなった。「知り合いの中で一番真面目な人」ということが決め手で交際し、20代だった1999年に結婚した。ただ、当時の父はビザが切れ、非正規滞在の状態だった。 「オーバーステイ、どうしよ?って。弁護士とかプロに入ってもらって、違法にならへんか判断してもらった。何度も入管と区役所に行ったり、書類を集めたり」 結婚の1年後に配偶者ビザが交付されるまで、父は仮放免の状態。毎月のように入管当局に出向く必要があった。在留資格以外にも問題は山積みだった。 国際結婚の難しさを語る両親 ▽白人さん?アジア? 周囲が結婚を受け入れてくれなかった。 母は当時、交際中の父を紹介しようと、祖母(78)と話した。 「外国人と付き合ってるねん」 「スペイン人?あ、白人さん?」 母は首を横に振る。 「じゃあ、アジアとか韓国人?」 「ちゃう」 「ほな、もう外国人はおらへんやん」 母が「黒人」と言うと、祖母は黙った。 当時、祖母が黒人に持っていたイメージは偏見そのものだった。 母は言う。「長男(私の兄)がおなかにおったから『お父さん、お母さん、ごめん』って無理やり、結婚をOKさせた」 ▽数人の静かな結婚式 祖父母にも話を聞いた。祖父(80)は「本人が決めること」と渋々、結婚を認めた。祖母は「黒人と結婚なんて」と1カ月間、泣き続けた。 それでも結婚式の費用は2人が工面した。 母は語る。「結婚のこと、祖父母は親族全員に伝えてへん。結婚式に来たんも、ほんま数人。派手にやりたかったわけちゃうけど、静かな式やったな」 年月が流れ、祖父母は今、笑って話してくれる。「離婚せず、孫も元気。いいかげんな結婚相手を連れて来るよりはよっぽど良かった」 ▽借金してまで祖国に送金 結婚後の大きな壁は、金銭感覚のズレだった。父は稼いだ金の多くを、ガーナの家族に送金した。父にとって送金は誇り。豊かな国にいる自分が故郷を支えるという責任感があった。 母は言う。「離婚は何回も考えた。お金払わへんし。理解できひんねん。よう分からんとこからお金借りてまで送金して、返済は誰がするん。橋本家がどれだけパパを支えたか」 (中略) ◎国際結婚 政府の人口動態調査によると、2024年に夫妻のどちらかが外国人の国際結婚は計1万8420組で結婚総数の3・8%だった。過去25年で最も多かったのは2006年の4万4701組(6・1%)。2024年に父母のどちらかが外国人の子どもの出生数は1万5511人で、出生総数の2・3%。過去25年で最多は2007年の計2万4177人(2・2%)だった。 (写真=共同通信・大野未知) ※全文はソースで…