
1: 匿名 2026/07/08(水) 06:46:49 天皇は、世俗的現実からすれば、「空」といってよい。 姓をもたず、現実世界での具体的人格をもたない。 世襲的な職業人というわけでもない。 権力者でもない。 ただ「天皇」という「かたち」だけが大事なのである。 「現人神」すなわち「現御神(アキツミカミ)」とは神の顕現であるが、「神」は、この現実世界においてはあるべき場所も果たすべき役割もない。 ただただ、そういうものが高天原という神つ国に存在すればよいのであり、この現実世界では天皇はただ神的なものの表象として、内実を持たない。 その意味で、日本の「神」は、内容の「空無」な「かたち」であればよい。 見える存在と見えない存在 つまり、祭祀者としての天皇は現実にそこに存在するのだが、祭祀の対象である神としての天皇は現実の背後に退いて見えない。 ただ祭祀者が祭祀を執り行うことで、背後に隠れた神が暗示されているのである。 神が確かにいるから祭祀が行われるのではない。 祭祀者によって祭祀が行われるから神がいるのである。 何とも興味深いのは、天皇という存在が、「見える存在」と「見えない存在」の両面を併せ持っている点である。 だが、考えてみれば、これは天皇に限ったことではないのかもしれない。 日本の神観念は、われわれ一人一人の中に「神」は宿るとも考えられている。 「神」はあらゆる存在の中に宿るとも考えられる。 とすれば、われわれの誰もが、神でもあり、また神を祀る者でもあろう。 天皇のもつ二面性は、実は、日本人そのもののありようを示していることになるのではなかろうか。 だからこそ天皇は、日本人の宗教的な精神性のもっとも深いところに宿るある心的な事情を表しているのだ。 「見えない神」の媒介者 天皇が一方で祀る存在であり、他方で祀られる存在である、というこの一種の循環構造、もしくは二重構造は、確かに「日本的な独特の権威構造」といってよい。 究極の権威である「神」は天皇を通じて現実世界へ降臨するのであるが、また祭祀者である天皇が現実に存在することで「神」は存在するのだ。 「男系か女系か」の前に知っておくべき「天皇とは何か」 天皇が権威として存続するために大事なことは「からっぽ」であること 京都大学名誉教授が論じる「異色の天皇論」(デイリー新潮) - Yahoo!ニュース 安定的な皇位継承のための皇室典範改正をめぐる議論が喧しい。「男系男子」に固執する人もいれば、「女性天皇」さらには「女系天皇」を容認すべきという人もいる。難しい問題であるが、そもそも私たち日本人にとYahoo!ニュース…