1 名前:煮卵 ★:2026/07/07(火) 11:51:33.76 ID:45v2Eiwn9.net 「記憶にはありませんが、私が生まれたとき、新聞に記事が載ったそうですよ」 本誌記者にほほ笑みながら話す久邇朝宏(くに・あさひろ)さん(81)は、第三代久邇宮家当主・朝融(あさあきら)王の三男。 1944年10月8日付の『朝日新聞』朝刊は、《久邇宮第三男子御誕生》との見出しで、前日に朝宏さんが誕生したことを伝えている。朝宏さんが生まれた久邇家は、南北朝時代に始まった伏見宮家の第20代当主・邦家親王の王子・朝彦親王によって1875年に創設された。 終戦後の1947年10月14日、久邇家を含む11宮家の51人が皇籍を離脱する。1週間前に3歳になったばかりの朝宏さんは、皇族から一般国民となった。 学習院初等科に通っていた朝宏さんには、皇室を意識した出来事があったという。 「初等科にはバスで通っていました。3年生くらいでしょうか。ある日の下校時、車内で年配の男性に『君、久邇くんだろ。久邇宮だよね』なんて声をかけられたんです。帰宅後にそのことを話したら、お手伝いさんに『あなたは特別な人なんですよ』と言われたのです。あとでわかったことですが、声をかけてきたのは、久邇家とともに皇室を離れた賀陽(かや)家の方でした。 でも物心がついたときから、一般人だという意識があります。自分が特別だと思ったことはありませんが、“目立たないようにしよう”と思って生きてきました。何か意識するところはあったのかもしれません」(朝宏さん、以下同) 旧宮家のなかでも、久邇家は天皇家に近い。朝宏さんの祖父・邦彦王の長女・良子女王は昭和天皇と成婚した香淳皇后。上皇さまは、朝宏さんの従兄という関係だ。 朝宏さんは初等科時代に初めて、皇室と旧皇族の親睦の場となっていた、菊栄親睦会に参加した。 「当時の天皇皇后両陛下(昭和天皇と香淳皇后)にお目にかかり、そこで何か皇室とのつながりを感じたような記憶はあります。初等科の隣のクラスには、三笠宮崇仁さまの長女・近衞甯子さんがいらっしゃいましたし、学習院で学んだことで、皇室を敬い、日本人を大切に思う気持ちが育まれたという気がします」 (略) 「私は、愛子さま以外に天皇になる方が思い浮かびません。たとえ女子であっても、皇位は天皇皇后両陛下のお子さまが継がれるのが正当だと思います」 そして、こう続けるのだ。 「具体的にどうなったら即位されるのかということは考えていませんが、私は次の天皇は愛子さましかいらっしゃらないと思います。愛子さまは天皇にふさわしい雰囲気、資質をお持ちになっていると考えるからです」 続きは↓ [女性自身] 2026/7/7(火) 11:00 引用元:…