1. 匿名@ガールズちゃんねる これまでの社会で年長者が優位を保てたのは、長い時間をかけて蓄積した経験・知識・スキルといった人的資本に希少性があったこと、そしてさらに、そのような人的資本を持った人々が徒党を組んで社会関係資本を独占的に保有していたからです。 しかし現代では、多くの知識やノウハウがデジタル化され、若者でも短期間でアクセスできるようになっています。さらに、変化のスピードが速い領域では、経験の長さよりも、新しいテクノロジーへの適応力、アップデートへの対応力、アンラーン(一度学習したことを棄却する)の能力がより重視されるようになりました。 人はパンのみで生きているわけではありません。人生にはやりがいや生きがいが必要であり「自分は誰かの役に立っている、社会に必要とされている」という自己効用感なしには生きられません。もし年長者・高齢者が、量的には社会の重心をなしながら、価値創出の文脈においては周縁化されていけば、「数だけはやたらに多いが、社会的に意味を持たない存在」という危険な位置づけに追い込まれてしまうことになります。 すでに、そのような「危うさ」は表面化しているようにも思えます。昨今では、公共の場で暴力を振るったり、暴言を吐いたりする年長者・高齢者のニュースが相次いでいますが、これは「居場所と承認を奪われてしまった人たちの怨嗟」と捉えることもできるでしょう。 これらの事件は、現在の私たちの社会が、年長者や高齢者に「居場所」や「役割」を提供できていない、ということを示す痛烈なサインだと考えられます。 2026/05/06(水) 21:43:12…