1: 匿名 2026/04/30(木) 11:45:30 過酷な介護を40年、「助けてくれ」言えずに認知症の男性が迎えた結末 「今でも、妻を、愛してる」法廷ですすり泣き、笑顔で寄り添う写真を手に願うのは… | NEWSjp立春を迎えた直後の大阪はまだ肌寒く、空は雲に覆われていた。午前8時20分ごろ、男性(84)は、寝室の...NEWSjp 自宅で世話することにこだわった男性だが、過酷な介護は日に日に体力を奪っていった。 料理が得意だった。小麦粉から作ったパスタ、自分でさばいた魚…。しかし、その料理もほとんどしなくなった。 「自分も看病しているが、お互い氏に向かっているような気がする。35年の看病で頑張っているが、社会として尊厳氏を認めてほしい」(2019年3月3日) 「看護で私の体がガタガタになっている」(8月27日) 「今日は疲れた。少しボケている」(2020年7月27日) 「3時起床で辛んどい」(10月4日)。 それでも元気な妻が戻って来ることを信じ、ささいな変化に喜びを見いだす記述もあった。 「奇蹟 今日妻が目で笑う」(2021年2月13日) 約5年間、ほぼ毎日書き続けてきたが、最後となった27冊目は空白が目立っていた。 (中略) 2022年12月2日に懲役3年、執行猶予5年の有罪判決が下った。判決文では、「介護に自らの半生をささげた。強く非難するのはやや酷だ」と、結論付けた。その日のノートには、「第4回目公判の判決宣告される」とだけ、書かれていた。 取材に対し、男性の息子は「おやじは精いっぱいやっていた。回復すると奇跡を信じていた。責める気持ちは一切ない」と話した。 男性は「命がけだった」「助けてくれとは言えなかった」とつぶやく。反応がなくても、ベッド脇につきっきりで、妻に声をかけ続けた。…