
1: 名無しさん 2026/01/27(火) 03:58:23.99 ID:qxMIX+eDd 「母は弟のために多くの時間を割き、父は僕に厳しい」…ダウン症の弟を「連れていくのは嫌じゃない?」と尋ねた母に「だって俺の弟じゃん」 プロ野球・広島東洋カープの投手、大瀬良大地さん(34)には、2歳年下でダウン症の弟・元気さんがいる。会話は難しくても表情は豊か。一番の「大地ファン」で、野球を続けていくために欠かすことのできない「原動力」という。 自衛官だった父と専業主婦の母の長男として生まれました。僕は4人きょうだいの一番上で、元気は2番目です。 弟は生後まもなくダウン症と診断されました。合併症の治療などのために、遠方の病院に数か月間入院していて、その間、母がずっと付き添っていました。僕が物心が付いた頃、毎週のように父が運転する車に乗って、母と弟に会いに通った記憶があります。 退院してからも、母は弟の世話につきっきりでした。父には「弟が困っているかもしれないと考え、自分で気付いて助けてあげなさい」と言われました。母は弟のために多くの時間を割き、父は僕に厳しい。でも、弟は小さな体で病気と闘い命をつないだのだから、「しょうがない」と思っていました。 弟は、会話はほとんどできませんが、表情やしぐさに考えや気持ちがストレートに表れます。朗らかで、幼い頃は戦隊ヒーローごっこをして一緒に遊びましたね。 僕が本格的に野球を始めたのは、小学4年の時。友達に誘われて、地元の野球チームに入りました。母は、弟たちを連れて、練習や試合に応援に来てくれました。 ある時、母に「元気を連れていくのは嫌じゃない?」と尋ねられました。「なんで? だって俺の弟じゃん」と即答しました。子ども心に「あいまいな返事はだめ。はっきり答えなければ」と直感しました。答えは100%本音ですが、母が後ろめたさを感じていると察して、「母を安心させたい」と思ったのも事実です。 今、振り返ると、母の質問にそんなふうに答えられたのは、理解ある友達や地域の人たちに囲まれていたからだと思います。友達に弟のことをばかにされたり、からかわれたりしたことはありませんし、弟に対する周りの視線が気になったこともありません。いい人たちに恵まれて育つことができて、本当に感謝しています。 僕の試合中、弟は「だいちー!」と大声で応援してくれ、勝つと満面の笑みで大喜び。試合が終わると、僕は仲間の前で弟と握手を交わしたり、抱き合ったりして喜びを分かち合いました。「弟に喜んでほしい」「弟の分も頑張ろう」。小学生の頃から、ずっとそう思って野球に励んできました。裕福な家庭ではなく、弟の世話もあって大変だったと思いますが、両親は「自分で決めたら最後までやり通しなさい」と、僕の背中を押し続けてくれました。…