719 :名無しさん@HOME 2013/06/02(日) 16:24:37 0 7才の頃の修羅場 当時私7才、弟1才と、少し年の離れた姉弟だった。 年が離れてる上、よちよち歩けるようになった弟が可愛くて可愛くて堪らなかった私は、いつも一緒に手を繋いで歩いていた。 家の隣が立体駐車場だったので、よくだだっ広い屋上(田舎なので滅多に車がない)で遊んでた。 その日もいつものように、弟と手を繋いで仲良く屋上へ行こうとしたんだが、いつもは車が使うスロープをゆっくり歩いて登っていくのに、 その日に限って弟が階段がいいと駄々を捏ねた。 愚図る赤ちゃんを諌める術を知らなかったので、しょうがなく螺旋階段を使って屋上まで行くことに。 一階分くらい登ったところで、ふいに弟の手が外れ、来た道の半分くらい弟が転げ落ちた。 慌てて追いかけると、階段にポタ、ポタ、と赤い水滴が。 慌てて顔を覗き込むと、弟の額のど真ん中に小さい穴が空いていて、血が溢れ出し顔中真っ赤っか。 驚いて固まってた弟が、火がついたように泣き出したのを機に私もハッとし、 弟を背負って家まで猛ダッシュした。 「◯◯が!◯◯が!」と血みどろで駆け込んで来た私達を見た祖母達が第一の修羅場。 その後買い物に行っていた母が戻り、先に救急車で運ばれた弟の元へ駆けつけた。 その間、家で留守番していた私は、自分のせいで弟がタヒんでしまうんじゃないかと泣きじゃくっていたのが第二の修羅場。 病院から戻った母が怒っているように見えて、嫌われたんだと思い、「ごめんなさい…」と一言言った後は弟について何も話ができなかった。 何針も縫ったが、弟はその後順調に傷も治り、若干傷が残ったが何事も無く無事成長。 私が小4の時に急病で母が亡くなったが、結局最後までその事故のことは話すことが無かった。 長すぎるので切ります 720 :名無しさん@HOME 2013/06/02(日) 16:25:44 0 続き 去年私も無事嫁ぐことができ、親戚が預かっていた母の遺品を受け取った中に、日記が入っていた。 弟の怪我の時の日記には、 「◯◯(私)が自分のせいだと思い責任を感じて落ち込んでいる。可哀想で見ていられない。何と声を掛けてあげればいいのか分からない自分に腹が立つ」といった内容で、弟の怪我より私の事ばかりが書かれていた。 十数年経って解けた誤解に涙が止まらなかった。 書いてみるとそんなにたいした修羅場ではないような… 母は小まめに子どもの写真を撮り、一枚一枚全てにコメントを書いて残しているような、マメで愛情深く、とても家族を愛している人でした。 そんな母に嫌われたんだと思ったあの時が一番修羅場だったのかな。 721 :名無しさん@HOME 2013/06/02(日) 16:35:26 0 七歳に一歳任せて遊びにいかせる母親こそ自分を責めるべきのような… 昔の話だからゆるかったのかね 現代ならまさに放置児、放置親だね 弟さん無事で何より 722 :名無しさん@HOME 2013/06/02(日) 16:45:28 0 >>721 書くの省きましたが、立駐は我が家の持ち物で家も同じ敷地内にあり、玄関から駐車場の様子も見えるのでよく子供だけで遊んでました。 昔の事なので緩かったのもありますね。 祖母が厳しい人なので、家の用事などで母がよくお使いに出されていて、子供だけで遊ぶ時間が長かったです。 その事は母もとても気にしていて、時間があると時はめいいっぱい私達と遊んでくれました。 723 :名無しさん@HOME 2013/06/02(日) 16:54:27 P >>722 頭の怪我って傷の割に出血がすごいよね 顔面血だらけかすり傷 みたいな 慌てたあなたが転げ落ちなくて良かった 弟さんとそのことで何か話したことあった? 733 :名無しさん@HOME 2013/06/02(日) 18:03:41 0 規制かかってました >>723 そうですね、頭は出血しやすいと大人になって知りました。 弟は小さかったので、事故の事自体は覚えていません。 大きくなって後日談として知った事になります。 あっけらかんとした性.格なので、「この痕ってそんなことがあったんだ~ 笑」という感じでした。 734 :名無しさん@HOME 2013/06/02(日) 18:15:26 P >>733 そっかーw 引用元:…