当時ソニーの社長だった出井伸之は、インターネットとデジタル技術の時代を見据え、Appleの買収を真剣に検討していました。この背景には、Appleが当時経営難に直面しており、倒産の危機に瀕していたことがあります。具体的には、1996年にソニーはITカンパニーを設立し、デジタル機器やインターネット事業に注力する方針を固めていました。出井は、Appleのブランドと技術を活用し、AV分野で「ソニー」、情報機器で「アップル」というブランド戦略を展開しようと考えていたとされています。1996年にAppleのCEOだったギル・アメリオがソニーを訪問し、ソニー側の大賀典雄会長や出井社長と面会した際、買収の可能性について議論されたと記録されています。しかし、ソニーの内部では、音楽事業部門(ソニー・ミュージックエンタテインメント)が、Appleのデジタル音楽技術(後のiTunesやiPodにつながる技術)がCD事業を脅かすと強く反対したことや、大賀会長が新たなリスクを冒すことに慎重だったため、買収は実現しませんでした。一方で、Apple側でも、スティーブ・ジョブズが1997年に復帰し、Microsoftからの1.5億ドルの投資を受けて経営再建に乗り出したことで、ソニーの買収話は立ち消えとなりました。このエピソードは、ソニーがAppleの可能性を見抜きながらも、内部の反対や戦略の優先順位により買収に至らなかった歴史的転機として、ビジネス史でしばしば語られます。…