1: 2024/11/14(木) 16:02:29.20 ID:dAXI/Eg30 体操というスポーツをやってきたなかで、もちろん僕の周りにも「こいつ、スゴいな。天才だな」と思う選手はたくさんいました。 ただ、自分は彼らのような「天才」ではないのに、よりよい結果を残すことができたんです。「天才」と言われる選手たちも、 最初から高い能力を持っていたわけではなく、それぞれに努力してきた結果ですよね。そのなかでどれだけ練習して、 どれだけ考えてきたか。そのことが重要なのであって、そもそも「天才」なんていう言葉がなければいいのにな、と思ったんです。 自分が結果を残していくなかで「天才」という言葉が嫌いになって、その上、「努力」すら才能ということにしてしまうのかと(笑)。 「努力の天才」を認めてしまったら、最初から努力ができる人とできない人がいて、「あいつは努力する才能があったんだ」と、 すべてが才能で片付けられてしまう。成長していく過程で、何が大事かということを自分で気づいていけば、努力できる。 そこは才能ではなく、誰にでもできるんです。 2: 2024/11/14(木) 16:03:04.67 ID:s0LQBHoY0いや天才っすよ3: 2024/11/14(木) 16:03:31.31 ID:7Zt3A5ML0努力することも才能だから…