1: Ikhtiandr ★ 2024/06/23(日) 20:02:15.65 ID:iUClNzjW9 九州の北西部に位置する有明海。27年前に海の一角を閉め切った公共事業が、この海を変えました。今なお悪化し続ける海の状況と、長きにわたる国との闘い。苦悩する漁業者たちを追いました。 【写真を見る】「横綱格の失敗事業」有明海の“ギロチン”から27年… 諫早湾干拓事業、失われた“宝の海”漁業者の苦悩【報道特集】 ノリ漁師「“死の海”に近づいているのではないか」 九州の北西部に位置する内海・有明海。2月から3月にかけて、名物・有明ノリの収穫が最盛期を迎えるが、佐賀県西側の漁場では、ここ数年、深刻な状況が続いている。 佐賀・鹿島市のノリ漁師 中村和也さん 「病気まで一緒に入ってしまって、色落ちと同時に。こんなにノリが伸びないのは初めてですね。30年ぐらいしてきて、こんなノリ初めて」 赤潮の発生により栄養が不足し、なかなかノリが伸びない。色落ちもあり、アカグサレ病という病気も出た。 ノリ漁師 中村和也さん 「不安どころか、もう廃業したいと思いますよね。海が良くなる見込みが全然ないし。もうノリだけじゃない。魚も貝もとれないからですね。『死の海』に近づいているんじゃないかって思っている」 干潮と満潮の差は、最大6メートルにもなる。日本の干潟の約4割を占める広大な干潟に支えられ、有明海は、かつて「宝の海」と呼ばれていた。 宝の海の象徴だった、高級二枚貝「タイラギ」。 元タイラギ漁師 平方宣清さん 「2時間で100キロとかとれました。その当時、キロあたり2000円ぐらいだったでしょうかね。ですから20万円ぐらい」 そこに持ち上がった「国営」諫早湾干拓事業。通称「イサカン」。2530億円をかけ、有明海の一部である諫早湾の奥を「潮受け堤防」で閉め切り、農地を造成するという巨大公共事業だ。 最初は、食糧不足を解消するための「米の増産」が、その主な目的だった。時代は変わり、米余りで減反政策がとられるようになっても、事業計画は中止されなかった。目的を変えながら生き残り、最終的に「防災」と「農地の確保」をその目的として強行される。 1997年には諫早湾の奥が鉄板で閉め切られる。その様子は、ギロチンと呼ばれた。ギロチンが落ちた直後から、有明海に異変が起こる。 1999年12月のニュース映像 「有明海のタイラギ漁はきょう午前9時解禁となり、福岡県沿岸からは約50隻が出漁しました。成長したタイラギは全く取れず、貝殻だけという状態で全滅していることがわかりました」 タイラギを始め、多くの貝類が有明海から姿を消し、名物のノリは歴史的な大凶作となった。 今、平方さんの収入はタイラギが取れた頃と比べて、2割程度にまで落ち込んでいる。取れなくなったのは貝類だけではない。 佐賀・太良町の漁師 平方宣清さん 「全然かかっとらん。30匹なら話はわかるんですけど、3匹では…厳しいですね。海底の状況が一段と悪化しているからエサが無い。エサが無いから、カニとか魚も少ないんじゃないかな」 ※続きは元ソースでご覧ください Livedoorニュース/TBS NEWS DIG 2024年6月22日 6時30分 引用元: ・【社会】「横綱格の失敗事業」有明海の“ギロチン”から27年… 諫早湾干拓事業、失われた“宝の海”漁業者の苦悩 [Ikhtiandr★]…