
1: 名無しさん 2025/09/14(日) 10:30:48.93 ID:8EfdOqgg9 ■夢うつつに聞こえてきた靴音 5月とはいえ、夜の高原は想像以上に冷えこむ。このときも防寒着代わりにレインウェアを着こみ、なおも芯から冷えるほどの寒さだった。さらに翌朝は5時起床予定だったため、あまり深酒はせずに就寝することにした。 「でも……なんだか全然、寝られなくてさぁ。久しぶりだから目が冴えちゃったのかな。変に寝たり起きたりを繰り返してたから、半分夢かもしれないんだけど」 夜中、じゃりじゃりという靴音がすることに気がついたのだという。 「奥のほうから近づいてきて……。最初、Mくんかと思ったんだけど、でも、なんだかおかしいの」 砂利を踏みしめる足音はテントに近づいてきたかと思うと、なんとO川さんが入っているテントの周囲を回りはじめたのだ。 「じゃり、じゃり、じゃりってずっと回ってるんだよ! パラグライダーの人たちかと思ったんだけど、夜中にいるわけないし。そもそも車の音もしなかった。これ、絶対おかしいって思った」 パラグライダーが飛ぶ姿が見られたので、この工事現場跡地よりさらに上の山頂付近は発着場なのでは、と我々部員は考えている。昼間、横の道路を山の上のほうへ上る車も頻繁に見られた。 しかし、夜中に彼らのうちのひとりが突然訪れ、テントの周りをぐるぐると無言で回る、などという不自然な仕草をすることは考えられないだろう。 「怖えぇ……って思ってたらさ、急にガッ! って足を」 ――外からつかまれて引っ張られたのだという。 「テントの布ごと無理やりつかまれたかんじ。おれの両足もって、そのまますごい力でグググって引っ張られた。あ、ヤバい! って思ったけど、その瞬間にたぶん気絶してた」 極度の緊張状態に陥ると、人は失神することがある。このときのO川さんもまさにその状態だったのだろう。 ■未明の呼び声 そのまま数時間が経ったころ――。 「朝起きる直前くらいかな。今度は『おーい、おーい』って遠くからこっちを呼ぶ声が聞こえた。テントを出て見ると、向こうの尾根のほうで光が明滅してる。助けを求めてんのかなと思ったんだけど、いきなり……」 突然、言いようのない悪寒が全身を襲ったのだという。 「本能的なものかもしれない。あれは人じゃないって第六感が言ってたのかも。あれは見ちゃだめなやつだ、こちらが見ていることを悟られちゃだめだって、とにかくすごく焦った。でもそのうち」 ――じゃり。 O川さんの後ろ側で音が鳴った。夜中に聞いた、砂利が踏み鳴らされる音だ。 反射的に振り向いてみるが、そこにあるのは山の夜の暗い闇だけ。 「Mくんかと思ったけど、ライトつけるはずでしょ。だから、この足音も人間じゃないと思った」 ――おーい、おーい! 遠くから呼びかけてくる声が次第に大きくなってきたような気がする。いや、声量が大きくなったというよりは、近づいてきて耳に届きやすくなったような感じだ。 じゃり、じゃり。 後ろからはなおも靴音が聞こえる。だんだんとこちらへ向かって近づいてくる。 「おーい! おーい!」 呼び声もどんどんと大きくなる。 「完全に挟み撃ちにあってたんだ。おーい! っていう声もどんどんとはっきりしてきて、たぶん数十メートル先くらいにまで近づいてきたんじゃないかと思う。足音もすぐ真後ろまで迫ってきてた。もうやばい! って思ったとき――」 はっと目が覚めた。 どうやら悪夢を見ていたらしい。普通に寝袋にくるまり、テントのなかで寝転がっている。外へも出ていなかったようだ。…