ロンドンのビッグ・ベンの鐘は、BBCのラジオで今も生で流れている。ところが1944年の夏、BBCはこの生放送をやめて、録音の鐘にすり替えていた。ドイツが撃ち込む飛行爆弾に、答え合わせの材料を渡さないためである。あの鐘は、日本の学校で毎日聞く「キーンコーンカーンコーン」と同じ旋律でもある。 ※注:V1は1944年6月からドイツがロンドンへ撃ち込んだ無人の飛行爆弾。ビッグ・ベンは英国議会の時計塔にある大鐘の呼び名で、BBCは英国の公共放送。 今日の知ってた? 🔔 BBCは1923年の大みそかからビッグ・ベンの鐘を生で放送してきたが、1944年6月16日から9月18日までの約3か月は、録音を本物の鐘に合わせて流していた。当時の新聞によれば、理由は「空襲が起きているかどうかを敵に知らせる危険」。V1が街に当たったかどうかを、放送から読み取られないようにしたとみられる。よく語られる「鐘の音からロンドンの天気を割り出された」という話は、裏付けが見つかっていない。 背景:塔ではなく、鐘の名前 ビッグ・ベンという名前は、もともと塔のことではない。ウェストミンスター宮殿(英国議会)の時計についた大鐘の呼び名で、重さは約13.7トンある。塔のほうは長く「時計塔」と呼ばれ、2012年にエリザベス女王の在位60年を記念してエリザベス・タワーと改称された。 鐘の歴史は順調な滑り出しではなかった。英国議会の年表によると、大鐘が初めて鳴ったのは1859年7月11日だが、同じ年のうちにひびが見つかり、しばらくは一回り小さい鐘が時を打っていた。1863年に鐘を90度回し、ハンマーを小さくして、ようやく再び時を打てるようになったという。 ラジオに乗ったのは1923年の大みそかである。BBCの技術者A・G・ドライランドが議事堂の向かいの屋根に上り、マイクを掲げて新年の鐘を拾った。その後、マイクは塔に常設され、鐘の音は放送局へ直接送られるようになる。今も夕方6時と深夜0時(日曜はさらに夜10時)に、BBCラジオ4で生の鐘が聞ける。元の投稿の「1日2回」はこの2回のことだ。2017年に始まった大がかりな修復の間は、BBCも録音で代用した。 鐘の音は国内だけのものではなかった。1932年には、国王ジョージ5世のクリスマス放送に合わせて、海外向けの放送でも流れている。戦争が始まると、時計の文字盤は灯火管制で夜も暗いままにされたが(1939年から1945年4月まで)、鐘は鳴り続け、その音はラジオで海の向こうへ届いていた。ここに、のちの問題の種がある。 もう少し詳しく 録音にしたのは「戦争中ずっと」ではない。元の投稿は第二次大戦中のことのように書いているが、歴史家ブレット・ホルマンがブログ「エアマインデッド」で紹介している資料によると、期間はかなり短い。アラン・ウィリアムズの著書『Operation Crossbow』は、録音に替わったのを1944年6月16日から9月18日までとしている。V1がロンドンに向けて初めて撃たれたのは6月13日だから、その3日後に切り替えたことになる。同じ9月の地方紙「シチズン」は、生放送の再開を決めたのは内務保安省だと伝え、外した理由を「空襲が起きているかどうかを敵に示す危険」と書いた。 怖かったのは、鐘そのものより、マイクが拾う音だった。V1を撃つ側は、いつ撃ったかは分かっても、どこに落ちたかが分からない。もし塔を狙って撃ち、ニュースの冒頭に爆発音が混じるかどうかを聞いていれば、狙いの確かめになる。ホルマンはこの見立てを取り、鐘の録音への切り替えを、着弾の情報を渡さないための小さな一手と位置づけている。ウィリアムズは、V1の発射部隊が鐘のあとの時間を狙って塔へ撃ち込むことまで当時心配されたと書く。当時は鐘のあとに1分間の沈黙を放送し、聞く人が平和を祈る「サイレント・ミニット」という習慣があり、爆発音が聞こえる余地がそれだけ広かった。2019年にBBC自身が公開した戦時中の資料でも、空襲時には鐘を録音に替える計画があり、ドイツ機がウェストミンスター上空にいることを悟らせないためだったと説明されている。 同じころ、イギリスは着弾情報そのものも操作していた。6月16日は、ドイツ側が二重スパイ「ガルボ」に着弾の時刻と場所を報告するよう求めた日でもある。ドイツのスパイ網はイギリスの手の内にあり、ロンドン北部と西部への着弾を多めに伝えて、ドイツ側に「飛びすぎている」と思わせようとした(この作戦はV1の偽の着弾報告の記事で詳しく扱っている)。録音との間に直接の関係があったと示す資料は見つからなかったが、ロンドンの様子を外へ漏らさないという点では同じ方向を向いている。 録音はばれかけた。ウィリアムズの本によると、レコードの溝が飛んで同じ音を繰り返したことがあり、聞いていた人から、ビッグ・ベンは酒に手を出したのかと問い合わせる電報が届いたという。本物に合わせて流していたはずの鐘が、こんな形で正体をのぞかせたわけだ。 「鐘の音で天気が分かる」は、確かめられていない。コメント欄で最も支持された説は、ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』(日本語版も出ている)にも載っている。ドイツの物理学者が鐘の音からロンドンの天気を割り出し、気づいたイギリスが録音に替えた、という話だ。ホルマンによれば、ハラリは出典を示していない。気温や湿度が音の伝わり方を変えるのは確かだが、差はわずかで、長い距離を通ってようやく積み重なるものだという。当時の機材で放送した音から実用になる精度で測るのは「きわめて考えにくい」というのが彼の見方で、ハラリの話は「半分は正しいが、半分はかなり間違っているようだ」と結論している。録音に替えたのは本当で、理由が違う、ということである。 日本の学校のチャイムは、あの鐘の旋律である。ビッグ・ベンの塔で15分ごとに鳴る鐘の旋律は、1793年にケンブリッジの教会の時計のために作られ、1851年にウェストミンスターの時計に採用された。英語の資料でも、日本や東アジアの学校の始業・終業の合図として紹介されている。日本語版ウィキペディアの「チャイム」の項によれば、1954年にチャイムを開発した発明家の石本邦雄は、BBCのラジオでこの鐘をよく聞いていたので採用を思い立ったと語ったとされ、最初に学校で導入したのは東京の大森第四中学校の国語教師だったとも伝えられる(どちらも元の資料までは確かめられなかった)。そうだとすれば、敵に聞かせまいとした放送の音が、10年後には日本の教室に届いていたことになる。 海外の反応 1. 海外の名無しさん 記憶だと、鐘の鳴り方からロンドンの天気がある程度読めるからって理由もあったはず。生放送だと、その晩の爆撃に使える情報を渡すことになる。 2. 海外の名無しさん(>>1への返信) でも天気が分かったとして、具体的に何を調整するんだろう。そこがずっと気になってる。 3. 海外の名無しさん(>>2への返信) 照準だよ。強い風が吹いていると分かっていて、前の1発がどこに落ちたかも分かれば、次の狙いを補正できる。砲撃だって風で着弾がかなりずれるからね。 4. 海外の名無しさん(>>1への返信) ちょっと待って、当時の音質じゃそこまで分からないって話もある。それに録音を使ったのは1944年の夏の一時期だけで、戦争中ずっとじゃないよ。 5. 海外の名無しさん ダブルクロス作戦の一部として、ドイツに偽の情報を流して、V1がロンドンの手前に落ちるように仕向けたんだよね。あれはスパイ史でも指折りの話だと思う。 6. 海外の名無しさん(>>5への返信) 担当が「20委員会」って名前なのがまたいい。ローマ数字のXXが20で、ダブルクロスのXXにも掛かってる。諜報史上いちばん格好いい名前かもしれない。 7. 海外の名無しさん BBCBBBC。英国放送協会(British Broadcasting Corporation)がビッグ・ベンの鐘を放送する(Broadcasts Big Ben’s Chimes)の略ね。これを最初に言いたくて開いた。 8. 海外の名無しさん 国が古い録音でごまかすのは国防で、俺がマッチングアプリに昔の写真を載せると詐欺師扱いされるの、納得いかないんだけど。 9. 海外の名無しさん ニュースの中で鐘を聞くのが好きなんだ。マイクは塔の中にあるから、現地に立ってラジオを持つと、本物の音が耳に届く前にラジオから先に鳴るんだよ。 10. 海外の名無しさん(>>9への返信) ウェストミンスター橋の向こう端でやると分かるやつだね。ただしネット配信では無理。ちゃんとラジオで聞かないと、配信の遅れで負ける。 11. 海外の名無しさん 鐘の真横でラジオをつけると、12時に13回鳴るのが聞けるらしい。本物が12回打ったあとに、ラジオが遅れてもう1回鳴るから。 12. 海外の名無しさん(>>11への返信) 逆だと思う。マイクは鐘のすぐ横にあって、電波は音よりずっと速い。だから遠くでは本物よりラジオのほうが先。1,500ヤード(約1.4km)離れると、ちょうど1打分ずれて重なるはず。 13. 海外の名無しさん(>>12への返信) それはラジオの種類によるよ。アナログのFMならほぼ同時だけど、デジタルラジオはけっこう遅れる。だから13回説もあながち嘘じゃない。 14. 海外の名無しさん 13回と聞いて、オーウェルの『一九八四年』の書き出しを思い出した。4月の明るく寒い日、時計が13時を打っていた、というあれ。 15. 海外の名無しさん 細かいけど言わせて。V1はロケットじゃない。パルスジェットっていう、タービンのないジェットエンジンで飛ぶ爆弾だよ。 16. 海外の名無しさん(>>15への返信) ロケットは酸化剤を自分で積むけど、V1のアルグス製エンジンは前から空気を吸う。だから近いのはV2よりトマホークみたいな巡航ミサイルだね。 17. 海外の名無しさん たしか、BBCが「爆弾は手前に落ちている」と放送して、ドイツが狙いを変えて街を外したんじゃなかった? 18. 海外の名無しさん(>>17への返信) ほぼ逆だし、流したのも放送じゃなくてスパイ経由だよ。もともと少し手前に落ちていたのを見て、「飛びすぎている」と伝えてさらに手前へ落とそうとしたんだ。 19. 海外の名無しさん(>>18への返信) ドイツも完全に目隠しだったわけじゃないよ。V1の一部には無線発信機が積まれていて、位置を追えていた。正しいデータを持っていたのに、スパイの報告のほうを信じたのが面白い。 20. 海外の名無しさん そもそも戦時中はロンドンからドイツへ電報なんて打てないし、民間の通信はすべて検閲されていた。秘密の無線を使うスパイもいたけど、ほとんど捕まって偽情報を送らされていたわけで。 21. 海外の名無しさん はっきりさせておくと、BBCのテレビは戦争中ずっと止まってたから、映像で見えたわけじゃない。心配されたのはあくまで音で、湿度とか風とかがマイク越しに読まれないかって話。 22. 海外の名無しさん 本日のBBCニュースです。ビッグ・ベンは今日も大きいままでした。録音ではありません、たぶん。 まとめ BBCが鐘を録音に替えたのは本当だが、1944年6月から9月の約3か月のことで、理由は空襲の有無や爆発音を敵に聞かせないためとみられる。コメント欄で人気だった「音で天気が分かる」説は裏付けが見つかっていない。話は「ラジオのほうが本物より先に鳴る」という音の速さの話や、V1はロケットかという指摘にも広がり、80年前の鐘の音がいまも議論の種になっていた。 参考資料 ブレット・ホルマン(エアマインデッド)「ビッグ・ベンの眉唾な話」(2019年・英語) BBCニュース「明らかになったBBCの第二次大戦中の秘密の活動」(2019年・英語) 英国議会「ビッグ・ベンとエリザベス・タワーの略史」(英語) コンストラクション・ビュー・オンライン「ビッグ・ベン、大みそかの鐘の放送から100年」(2023年・英語) 元ソース: BBCはビッグ・ベンの鐘を1日2回生放送しているが、第二次大戦中はV1の着弾をドイツに教えないよう録音を使っていた 投稿 「V1が街に当たったかどうかをドイツに教えないため」BBCがビッグ・ベンの生放送を録音にすり替えた3か月…学校のチャイムと同じ、あの鐘の話 は みんな知ってた?【海外の反応】 に最初に表示されました。…