370: 名無しさん@おーぷん 2014/11/03(月)19:09:29 ID:JpkLNAlrn 古希(数えの70歳)になるまで一度も我が家の貯蓄高は知らなかった。全部家内に任せていた。ある時、何気なく「我が家には幾らの貯えがあるのか?」と家内に尋ねた。ほとんどなかった。悪くても2000万はあると思っていたし、主婦ならそれくらいの貯わえは常識だと、漠然と思っていた。あれほど愕然としたことはなかった。老後の蓄えは全部某宗教に吸い取られていた。茫然として涙も出なかった。 宗教に入っている奥さんを持っている旦那は、今すぐ我が家の貯蓄高を確認すべきだ。年金生活に入ってからじゃ、遅いのだ。 372: 名無しさん@おーぷん 2014/11/03(月)19:12:44 ID:JpkLNAlrn お金を吸い取るのは、あらゆる宗教団体にいえることだと思う。立派な建物があるのがその証拠だ。 ※古希 唐の詩人、杜甫の詩・曲江(758年作)より、人生七十古來稀 (人生70歳まで生きる事は昔から稀なこと)に由来する。 杜甫は宰相の失敗を弁護して皇帝の怒りを買い、当時長安にあった行楽地・曲江に通い、酒で憂さをはらしていた。そのときの詩が曲江である。「朝廷を退出すると、毎日毎日、春の衣服を質に入れ、 そのたびに曲江のほとりで泥酔して帰る。 酒の借金はあたりまえのことで、行く先々にできている。 というのも、人生七十歳まで生きることは昔からめったにないから、 今のうちに存分に楽しんでおきたいのだ。 花のまにまに蜜を吸うあげはちょうがむこうの奥に消え、 水面に尾をつけて卵を産むとんぼがゆるやかに飛んでいる。 私は自然に対して言葉を伝えたい。 私と共に流れゆき、どうかほんのしばらくの間でも、 このよい季節をお互いに楽しみあって、背くことのないようにしよう。」…