797: 名無しさん 23/09/27(水) 03:39:30 ID:Fr.pq.L1 トラウマの話ね。夫婦共働きが当たり前になり始めた頃くらいの話。私は当時小1で小児喘息も患ってて、1度風邪を引くと一週間は熱が下がらなくて苦しかった。母はそんな私のために仕事を休む羽目になるけど、私の下には妹がいて、その頃は妹の保育園が決まって母がやっと職場復帰したころだった。そんなときに私がインフルにかかって、きっかり一週間寝込んで、月曜日になってもまだ熱が高くて咳も止まらなかった。母は月曜の朝解熱してない私に凄く怒って、その後酷く泣いて、もうどうしようもないくらいヒステリックになって夫婦喧嘩が始まった。父は「子育ては女の仕事だろ、俺は仕事があるんだ、家で放置しとけ」と言い捨てて仕事に行き、母は私に当たり散らかして無理やりランドセル背負わせて学校に行かされた。当然学校で熱が下がるわけじゃないから保健室でずっとゴホゴホ咳しながら寝込んでた。保健室から母の職場に電話したみたいだけど、母は迎えに行けないの一点張りで私はずっと保健室で熱にうなされながら寝てた。母は妹を保育園に迎えに行った後、6時過ぎてから迎えに来た。翌日も熱が下がらなくて、でも母は仕事をこれ以上休んだらクビになるって言われてて、父は母が無職になったら子供共々家から追い出す宣言してて、母も追い詰められてた。それが解ってたから、私はランドセル背負って雪踏みしめながら学校に行った。3日目か4日目か覚えてないけど、私の咳がおかしいって保健室の先生が病院に連れて行って、私が肺に水たまるほどの肺炎こじらせてることがわかった。小学校が築年数かなりたってて隙間風も酷く、保健室でも寒かったから風邪がどんどん悪化してたみたい。そこから入院。母は入院してくれた方が仕事に行けると言ってた。小1にして、母親の負担にしかなれない自分、母親に甘えられない絶望、肺炎の苦しさからタヒにたいと思った。「こんな幼い子にタヒにたいなんて言わせちゃダメだ」と小児科の先生が母に言っていたけど、母は「じゃあどうしたらいいの」と泣いていてまたタヒにたくなった。専業主婦は寄生虫とか一億総活躍社会とかそんな言葉を見る度に小1の私が頭をもたげる。まだ親の庇護下に居なければならない子供を母親から引き離す社会って、動物のあり方として狂ってると思う。少子化対策というなら、子供が本当に庇護が必要な時に保護者が庇護を与えられるようにならないと、私みたいな愛情不足からの典型的な問題抱えて成長した大人みたいなのが増えるし、動物の実験でもあるけど、私みたいなのは結婚も子育ても出来ないから結局少子化促進させるだけだよ。…