1 名前:ばーど ★:2026/08/26(水) 12:31:03.78 ID:8AKM5URc.net 1895年の日清戦争終結後、戦勝国である日本の伊藤博文首相と、敗戦国である清の北洋大臣李鴻章が「下関条約」に署名した。条約第1条は「清は朝鮮が完全無欠な独立自主国であることを確認する。したがって、(清に対する)朝貢と儀礼は独立自主を侵害するものであるから、以後、完全に廃止する」という内容だった。朝鮮に対する清の影響力を排除し、日本の植民地支配へと向かう道をひらいた。中国が「100年の屈辱の時代」の象徴とみなしている瞬間だ。「中華民族の偉大な復興」を目標に掲げる習近平時代の中国は「日清戦争以前の東アジア秩序」を回復しようとしている。 19日、ソウルで開かれた韓中外相会談の結果を伝えた中国外交部の発表文によると、中国の王毅・共産党外事弁公室主任兼外相が韓国に「独立自主」を要求した一節が目を引く。王毅外相は「韓国側が自らの根本的利益から出発し、独立自主的で相互矛盾しない(並行不悖)対外関係を発展させることを望む」と述べた。 王毅外相がこのような要求を初めて口にしたのは、2022年8月、中国山東省で開かれた韓中外相会談でのことだった。王毅外相はパク・ジン外交部長(当時)に「(韓国は)5つのすべきことを堅持せよ(堅持五個応当)」と主張し、その一つ目として「独立自主路線を堅持し、外部の干渉を排除しなければならない」と述べた。韓国は韓米同盟から少し距離を置き、中国との戦略的協力を強化せよという意味だ。 先週、王毅外相の5年ぶりとなる公式訪韓は、韓米同盟が前例のないほど揺らいでいるなかで行われた。米国大統領がSNSに投稿した一言で韓米合同演習を中断させ、韓米同盟を使い古した靴のように扱い、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長に「核武装を認めるから対話しよう」というラブレターを公然と送っている間、韓国に滞在していた王毅外相は何を考えていたのだろうか。 王毅外相は「李在明(イ・ジェミョン)政権が正しい道を選択したことで、韓中関係は改善されている」とし、尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権下で最悪の状態に陥った韓中関係が回復しているというメッセージを強調した。しかし、韓国政府が、北朝鮮の対話復帰と非核化に向け、中国の「仲裁者」としての役割を要請したことについては、積極的には応じなかった。王毅外相は、トランプ大統領が望む朝米対話を仲裁するのかを問う質問に「それは北朝鮮と米国が決めること」だとして、「米国は対北朝鮮敵対政策を変えなければならない」と述べた。 北朝鮮核交渉が分岐点に立つたびに、中国が積極的に仲裁者の役割を果たし、対話を続けさせた時期があった。2002年に第2次北朝鮮核危機が発生して以降、中国は北朝鮮を交渉の場に引き出してほしいという米国の要請を受け、外交部の戴秉国副部長(当時)を特使として派遣し、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)国防委員長を説得した。その結果、2003年4月、北京で3者(北朝鮮・米国・中国)会談が開催され、これに韓国・ロシア・日本が参加し、6者会談に発展した。イラク侵攻とテロとの戦争に忙しかった米国のブッシュ政権は、中国を「責任ある大国」と呼び、北朝鮮核問題をはじめとするアジアの管理を事実上中国に任せていた時代だった。 2010年に中国が日本を抜いて世界2位の経済大国になると、米国は中国の急速な台頭を警戒し、「アジア回帰(Pivot to Asia)」戦略で中国けん制を始めた。米中協力時代は終わった。ちょうどこの時期、北朝鮮では金正恩委員長が政権を握り、核武装路線にまい進した。2017年の第1次トランプ政権発足以降、米中関係は本格的な覇権競争と対立の時代に入った。今でもその構図は変わっていない。 いまや中国は、北朝鮮を朝米や南北対話に引き出す仲裁者の役割に強い関心はない。米中競争という大きな枠組みのなかで、朝鮮半島で中国の影響力をどのように拡大するか、日本を屈服させようとする中国の戦略において、韓国と北朝鮮をどのように活用するかなど、はるかに広範かつ複雑な戦略的計算をしている。 以下全文はソース先で ハンギョレ 8/26(水) 10:54 引用元:…