
1: 樽悶 ★ 2026/08/17(月) 12:06:32.94 ID:NRAyJV279 特殊メイクアーティストとして映画や音楽作品などで活躍したスクリーミング・マッド・ジョージさんが、今年2月に69歳で亡くなっていたことが17日、分かった。本人のSNSを通じてマネジャーが発表した。 ジョージさんは1956年生まれ、大阪府出身。18歳で画家を志して単身ニューヨークへ渡り、スクール・オブ・ビジュアルアーツでファインアートを学んだ。在学中にはパンクロックバンドを結成し、音楽や身体表現、視覚表現を融合させた活動を展開。その過程で独学で特殊メイクの技術を身につけた。 その後、特殊メイクの巨匠リック・ベイカー氏に自作の短編映画を送り、才能を認められてカリフォルニアへ。下積みを経て、自ら手がけたモンスタースーツが評価され、1986年にプロデビューした。 ハリウッドには日本人として初めて自身の工房を構え、映画やミュージックビデオ、舞台、空間演出など幅広い分野で活動。特殊メイクや造形にとどまらず、音楽、映像、肉体、空間を横断した独創的な作品を生み出した。1992年には日本武道館で開催された「EXTASY SUMMIT 92」に「SCREAMING MAD GEORGE & PSYCHOSIS」として出演するなど、音楽活動にも力を注いだ。 帰国後は大阪芸術大学の客員教授を務め、後進の育成にも尽力。2019年には大阪・あべのハルカスで個展を開催した。2025年10月には東京で個展「Special Hallucinogenic Art Show:スクリーミング・マッド・ジョージ幻視覚アートショー」を開催し、同年12月には東京コミコン2025にも出展した。 2024年ごろから体調を崩し、脚の痛みやしびれなどから車椅子で生活していたほか、間質性肺炎などとも闘っていた。それでもアートへの意欲は衰えず、生徒を優先して大学に通い続けていたという。 今年2月、入浴後に意識を失って心停止。家族が救急隊の指導を受けながら救命措置を行い、一命を取り留めたものの、その後搬送された病院のICUで治療を受けた。4日間にわたり家族が寄り添ったが、意識が戻ることなく息を引き取ったという。(以下ソース) 8/17(月) 10:42配信 86年の米映画「ポルターガイスト2」、88年「エルム街の悪夢4」、89年「帝都大戦」や聖飢魔IIのアルバムのカバーデザインなどで知られる、特殊メイクアップアーティストのスクリーミング・マッド・ジョージ(本名・谷譲治=たに・じょうじ)さんが2月、急逝した。17日、公式Xで発表された。69歳だった。 スクリーミング・マッド・ジョージさんは、75年に18歳で渡米し、ニューヨークの芸術大学でファインアートを学んだ。83年には、マイケル・ジャクソンさんのPV製作で知られる、リック・ベイカーの下で修業。「ポルターガイスト2」でプロデビューした。 公式Xが発表した文書によると、24年頃に体調を崩して足が不自由になり、車いす生活となった。足の痛みやしびれに加え、間質性肺炎にもなるなど体調が悪化する中、特殊映像美術の客員教授を務める大阪芸術大で後進の育成を続けた。その中「2026年2月、入浴中に意識不明となり、心臓が停止しました。家族が救急隊からの電話による指導のもと懸命な対応を行い、一命を取り留めました。その後、救急搬送され、ICUにて治療を受けました。4日間、家族が寄り添い続けましたが、意識が戻ることなく、安らかに息を引き取りました」と、亡くなるまでの経緯を説明した。 発表が半年後になった理由については「本来であれば、速やかに皆さまへご報告すべき野老、突然の別れを受け、ご遺族の心の整理に時間がかかりましたこと、また日米の関係者にて慎重な協議を重ねてまいりましたことから、このたびのご報告となりました。お知らせが遅くなりましたことを、心よりお詫び申し上げますとともに、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます」とした。(以下ソース) 8/17(月) 11:07配信 引用元: ・【訃報】特殊メイク界のレジェンド、スクリーミング・マッド・ジョージさん死去…大阪府出身、69歳 「エルム街の悪夢4」など参加 [樽悶★]…