1 名前:少考さん ★:2026/08/06(木) 01:03:21.73 ID:hZQ0CxZb9.net 被爆とは?発信する97歳 「平和になったよ」失った家族に伝えたい:朝日新聞 2026年8月4日 11時00分(2026年8月5日 20時30分更新) 西晃奈 森田富美子さんは1929年、長崎の裕福な家に生まれた。父が経営する造船会社は順調。自宅の庭の池にはコイが泳ぎ、森田さんはまだ習ってもいないのに今の価格で300万円ほどする琴を買ってもらった。 花木の手入れが好きな母はワンピースや小物をよく手作りしてくれた。 家族仲もよく、幸せな子ども時代。 それが、なぜあんな形で奪われなければならなかったのか。 全てが間違った方向に行く最初の記憶。 小学6年の冬の日だった。 大声ではしゃぐちょうちん行列 家の外が騒がしくなった。自宅2階の窓から見下ろすと、赤い明かりが通りを埋め尽くしていた。華やかなちょうちん行列が出来ていて、大人たちが大声を出しながらはしゃぎ、旗を振る。万歳を繰り返す人もいた。 あまりの美しさに、うっとりと眺めた。「日本軍がどこかで勝ったのかな」 理由はすぐに分かった。映画館で上映前に流れるニュースが「ハワイに致命的打撃を与えました」と告げた。周りの大人たちは目を輝かせて興奮していた。 41年12月8日、真珠湾攻撃だった。 (中略) 森田富美子さん 1929年、長崎市生まれ。45年8月9日に爆心地から離れた工場で被爆、両親と弟3人は爆心地から200メートルの自宅などにいて即死した。現在はX(旧ツイッター)で「わたくし97歳(@Iam90yearsold)」のアカウントを持ち、ほぼ毎朝晩、戦争や政治、ニュースについて投稿している。フォロワーは9.5万人。2025年、長女の京子さんと共に「わたくし96歳 #戦争反対」(講談社)を出版した。 ◇ 〈訂正しておわびします〉当初配信した記事で、森田さんが日本軍の真珠湾攻撃に際して「周りの大人たちが目を輝かせて興奮するのに合わせて、自分も思わず喜んだ」としていましたが、「自分も思わず喜んだ」の部分を削除します。周りの大人たちが喜んだという森田さんの説明について、記者が森田さん自身も喜んだと思い込みました。見出しと記事を修正しました。森田さんと読者のみなさまにおわびします。 ※全文はソースで 引用元:…