
転載元: 征夷大将軍 ★ 2026/07/16(木) 19:17:27.53 ID:vWyYRrqi9 スポニチ [ 2026年7月16日 18:40 ] 元巨人エースの江川卓氏(71)が14日に放送されたBSフジ「プロ野球 レジェン堂」(火曜後10・00)にゲスト出演。「沢村賞、一回とりたかったな」と現役時代の悔いを正直に語った。 今から45年前の1981年シーズン。当時プロ3年目だった江川は20勝6敗、防御率2.29、221奪三振という素晴らしい成績を残した。だが、沢村賞の選考から漏れる。 「沢村賞をとった方は優秀なピッチャーで。西本っていう人なんですけど」。 実際に沢村賞投手となったのは1学年下にあたる巨人のチームメート、西本聖氏(70)だった。同年、西本の成績は18勝12敗、防御率2.58、126奪三振。こちらも好成績だが、数字はどれも江川のほうが上。西本が上回ったのは西本が257回2/3、江川が240回1/3だった投球回数ぐらいだった。 これについて、江川氏は「この話、すっごい面白いと思うのは、沢村賞だってことで(記者会見の)会場に呼ばれてたんですよ。そこで受賞のスピーチをしてくれってことで呼ばれたんですよ、記者の方に。それで発表を待ってたらなんかざわざわざわざわして。なんだろう…って。“違います”って言うんですよ。“何が違うんですか?”“あなたじゃない”」と生々しい現場のやり取りを明かし「あなたじゃないってどういうこと?みたいな。それで発表になったら西本くんだったんですよ」と続けた。 当時は東京運動記者クラブに所属する記者投票で沢村賞が決められていた。 江川氏は「当時は発表になってなかったんですけど、記者が20人か30人いらっしゃって。1位が3点かな。2位が2点なのかな。そういう点数を入れたらしいんですね。で、みんな江川卓、大嫌いなんで、当時は。だからみんな“俺ぐらいはいいだろう”っていうんで“俺は(1位を)西本くんに入れて次は江川にしよう”ってやったらしいです、あとから分かったんですけど。で、足していったら西本くんのほうが上いったらしいです。で、西本くんが沢村賞」と当時、日本列島を巻き込んで大騒動となった一件を改めて説明した。 「そうなの…と思って。沢村賞、一回とりたかったなと思って…」 いわゆる「空白の一日」を経ての巨人入りで“ダーティー”なイメージだったプロ入り当時の江川。 番組MCを務める旧知の徳光和夫(85)が「我々の印象ではね、あれだけ投げて沢村賞とれなかったっていうのはアンチ江川だった人間が“それはないだろ!”というような声は随分聞きましたよね。そこから本当の江川ファンが生まれてくる」と慰めると、江川氏は「じゃあ、もらわないほうが良かったっていう話ですか?」と冷静に質問。徳光は「まあ、そうじゃないかなと思うんですけれども」と苦笑いで返した。 これに江川氏は「僕の案は、2人にくれればいいじゃん!と思ったですよ。西本が悪いわけじゃない。西本もそのラインに達してるんだから。なんで1人なの?2人にすればいいじゃん、そんな規定ないんだから」と当時の正直な胸中を吐露。 これに苦笑いの徳光が「そういう考え方が報道陣にしてみれば可愛くないわけですよ」と口にすると、江川氏も「そうでしょうね」と納得。 「今はそう思います。可愛くなかったんだろうなーと思いますよ」とした上で「でも一番大きかったのはその“沢村賞事件”…事件とすると、そのことがあったんで、沢村賞の選び方が変わったんですよ」と翌年の1982年から記者投票ではなく沢村賞受賞者たちによる選考方式に変更されたことに触れ「だから、なんでも僕が原因で変わってるんですよ。ドラフトも変わって逆指名(制度)ができて」と自虐も込めて笑わせていた。 2: 名無しさん@恐縮です 2026/07/16(木) 19:18:51.08 ID:h0PeZKyd0 高橋慶彦のゴールデングラブと同じ鉄板ネタ…