中国当局の尋問を受け、ベトナムへ逃れたチベットの高僧がいた。ところが現地のホテルで拘束され、その4日後に死亡が伝えられた。 死因は「心臓発作」。遺体を引き取りに来た僧侶には死亡診断書の撮影が許されず、遺族の同意がないまま火葬されたと国連人権専門家は報告している。翌年には、彼が17年かけて育てたチベット語学校も閉鎖された。 同じ青海省では、別のチベット語学校を設立した高僧も中国当局に拘束されたとされ、現在まで収容場所も容疑も明らかにされていない。 二人は別人である。しかし、学校を作り、地域の信頼を集めた宗教指導者が相次いで姿を消し、その後に学校まで閉じられた経緯は、偶然として読み流すには重い。 中国で突然、外部との連絡を絶たれた人物は彼らだけではない。6歳の少年、人権派弁護士、習近平のポスターに墨をかけた女性、香港の出版人、大富豪、さらにはインターポール総裁まで、一時は家族にも居場所が分からない状態に置かれた。 9人の立場も容疑も同じではない。後に有罪判決を受けた者もいる。それでも共通しているのは、まず人が消え、騒ぎになった後で、拘束や捜査についての説明が現れたことだ。 彼らに何が起きたのか。…