1: 煮卵 ★ +MKg5/NI9 2026-06-22 12:47:04 「日本の棚田百選」に選ばれていた三条市の「北五百川(きたいもがわ)の棚田」で、大部分の作付けが、ことし限りとなる。約400年続くとされる棚田だが、高齢に加え深刻化するイノシシやサルの獣害によって、中心となる農家が来年以降の耕作を断念したためだ。 棚田は粟ケ岳の裾野に広がり、水源地でもある。面積は約150アールで、約120アールを管理する佐野誠五さん(77)が、そのうち90アール分に作付けする。約400年前に先祖が移り住み、15代にわたり稲作を続けてきた。 50年ほど前にほ場整備されたが、あぜの草刈りなど作業は重労働だ。 それでも佐野さんは「棚田でコメを作っていて苦労したと思ったことは一度もない。だって、四角い田んぼを知らないんだもん」と笑う。 80歳までは続けたいと考えていたが、2025年秋に稲刈りを終え、26年いっぱいで最後とすることを決めた。おいしいコメを作ってきた自負があるが「心が折れた」のだという。 収量を見通せない状況が、耕作をやめる決断の決定打だった。 19年以降、サルに加えイノシシが出るようになった。水路や田を荒らされ、収穫前に稲穂を食べられる被害が続いた。稲を倒され、収穫を諦めた田もある。 電気柵を設置するが、市の補助要件を満たさず、全て自前だ。補助があっても棚田全体に柵をすることは現実的ではない。 佐野さんは全国の消費者約120人と契約する。しかし、収穫が予約分に満たなければ「家庭用のコメを出し、自分たちが食べるコメを買ってこなければならなくなる」のだ。 今後は棚田の下段にある田んぼ数枚で家族向けのコメだけを作る予定だ。 田植えの時期が来れば、坂を上って田んぼ一枚一枚を見て回る。稲刈りまで欠かさない日課だ。佐野さんは「来年から上まで来る必要がないと思うと寂しい」と、棚田を見下ろした。 棚田の東側では、地域おこし協力隊が中心となって棚田の維持管理やイベントなどを行っており、景観の一部は残る見通しだ。 [新潟日報] 2026/6/22(月) 9:03…