
1: ネギ速の名無しさん 2026/06/10(水) 14:40:06.45 ID:1saBznzl9 読書離れが進む現代において、人々は単に本を「読まない」のではなく、外部環境の変化によって「読めなくなった」のではないか。スマートフォンやSNSの普及、タイパを重視する動画文化の台頭により、長い文章を読み解く身体感覚が失われつつあるなか、現代人が求める「分かりみ」と、読書本来の「面白み」の溝はどこにあるのか。『本を読めなくなった人たち』著者の稲田豊史が解説する。▼ ▲ 閉じる【写真】本を読む人は「頭がいい」は大きな誤解…本当に頭のいい人がやっていることタイパ至上主義が生んだ「読書はコスパが悪い」──読書離れが続く状況のなか、人々が本を「読まない」ではなく「読めなくなった」と指摘されていますね。稲田 はい。この「読めなくなった」という言い回しには、意味があります。「読まない」は自分の意思で読まない、「読めない」は能力的にできないという意味になります。しかし「読めなくなった」と言った瞬間に、かつては読んでいたのに、自分の責任ではない外部要因によって「読めない体になってしまった」というニュアンスが入ります。──何が「読めない体になった」外部要因でしょうか。稲田 インターネットの記事やSNSの短文投稿や要約から、すべての情報の取得に慣れている、ということが最大の要因です。いま、あらゆる情報の取得先が動画に移行しつつあるなか、メディア側も動画にシフトし始めています。こういった社会状況から、これまでの読者も動画から情報を得るようになり、長い文章が読みづらくなってきたのではないかと考えています。──そんな状況のなかで「村上春樹の新刊を買っても10ページも読めなかった」という現象は衝撃でした。稲田 「普段、テキストメディアにどのように触れているか」という質問を大学生にグループインタビューしたところ、小学生の頃は「読書の習慣はあった」「本が読めていた」と話してくれました。それが、高校生でスマートフォンを持ったのを機に、読書が遠のき、大学入学時にまた本でも読んでみようかと村上春樹の新刊を購入したけれど、10ページも読めなかった。スマートフォンと読書離れの間に直接的な因果関係があるかはわかりません。しかし、少なくとも高校からの3年間は長い文章から離れていたので、読めない体になってしまった。「村上春樹10ページ」はインパクトが強く、「読書はコスパが悪い」と話していたのも象徴的でした。──メンタル的に読めなくなっていたということでしょうか。稲田 そうです。これは若者に限った話ではなく、多くの年配層も「最近はネットの文章ばかり読んでいるから、長い本を読めなくなった」と話していたので、全世代的な傾向と考えています。読書が習慣化されている人は、不思議に思うでしょう。なぜならば、1000円や2000円で情報をたくさん手に入れられて、かつ、何時間も何日も楽しめるからです。むしろ「コスパは良い」と考えるかもしれません。しかし彼らは「読書だけは“ながら作業”ができない」と言います。つまり読書はマルチタスクが容易ではないとわかっているので「同時にできないからコスパが悪い」という考えでした。続きはソースで前スレ 村上春樹を10ページで断念…静かに進行する「本を読めない体」への…読書離れが進む現代において、人々は単に本を「読まない」のではなく、外部環境の変化によって「読めなくなった」のではないか。スマートフォンやSNSの… - news.yahoo.co.jp 2: ネギ速の名無しさん 2026/06/10(水) 14:48:28.12 ID:LeC9/90F0 5ちゃんは読めるのにな 3: ネギ速の名無しさん 2026/06/10(水) 14:50:55.83 ID:DZAjhf2n0 >>2長文は読めない人多いこの記事の通り読まないではなく読めない…