
1: ななしさん@発達中 2026/04/25(土) 09:26:49.97 ● BE:837857943-PLT(18184)ID:HUAYrfcZ0 ちょっと前に「MBTI診断」が流行した(ひょっとしたら、いまもまだ流行っているのかもしれない)。世間で流行している MBTI診断が正式なものではない、という点には気をつけなければならないが、INTPだのENFJだの、 自分の性格をアルファベット4文字で表現する人は数多い。 僕が子どもの頃は血液型占いが流行し、大学生の時には動物占いが流行した。MBTI診断がそれとまったく 同じかどうかは別にして、人々は自分の性格をなにかにたとえるのが好きらしい。 (中略)僕がMBTI診断と距離を置くことができているのは、僕が自分をアルファベット4文字で表現する必要がないからだ。初対面の人と話をする時、僕は自分が小説家であることを名乗るだけでいい。必要であれば、自分がどういう作品を発表してきたかを説明したり、現在どういう仕事をしているかを話したりすることで、僕という人間をある程度理解してもらえる。もっと言うと、僕の作品を読んでいたり、僕の活動について知っていたりする人と会うことのほうが多いので、そもそも自分から説明する必要すらなかったりする。社会に出て働くことは、「肩書」を手に入れることでもある。自分がどの会社に務めているか。どんな仕事をしてきて、現在どんな仕事をしているか。社会人同士の初対面では、おもにそういった会話がなされる。仕事について話すことは、その人間の生活水準で、どんなことに興味と関心があり、どんな努力をしているかについて話すことと等しい。わざわざ長くて退屈な自己紹介をしなくても、勤めている会社や関わった仕事の話をするだけで相手にある程度のことを理解してもらえる。つまり、肩書を手に入れることは、「自慢」から解放されることでもある。肩書という客観的な事実が、その人間の能力を表してくれるからだ。僕たちは自慢をしたくない。長くて退屈な自己紹介をしたくない。だからこそ、人々は肩書を欲しがるし、小説家は芥川賞や直木賞を欲しがる。若いということは、肩書が少ないということでもある。まだ就職していない学生は、自分のことを端的に示す語彙を持っていないし、自分の実力を示す客観的な業績も乏しい。だからこそ、自分という人間を相手にある程度示すことのできるアルファベット4文字に頼らざるを得なくなるのではないだろうか。 (全文・続きはソースにて)…