1: 匿名 2026/03/11(水) 16:49:57 「食中毒を出したら俺たちの負け」 被災者に「泣かないで」と逆に励まされた舘ひろしが語る「石原軍団」の炊き出し | AERA DIGITAL(アエラデジタル)俳優・石原裕次郎さんが1963年に創設した石原プロモーション。固い結束を誇り、「石原軍団」と呼ばれた。大きな災害が発生するたびに被災地で「元気食堂」の看板を掲げ、炊き出しをするようになった。石原プ…AERA DIGITAL(アエラデジタル) ――どのくらいの人たちに、炊き出しを振る舞ったんですか。 舘 1日当たり1千人以上くらいは集まって来ていたから、10日間トータルで1万人以上にはなると思います。ぜんざいも、全員が足りるように配っていたので、1万食くらい配ったと思いますよ。 ──その中で、住民との交流で覚えてらっしゃることはありますか。 舘 高齢者の施設へ行った時、カラオケの機器が置いてあってね。その施設では電気が通っていました。みなさんから「何か歌え」と言われて、僕が自分の持ち歌の「泣かないで」を歌ったら、みなさんがね、すごく嬉しそうに聞いてくれていた。表情から楽しんでくれていることがわかったので、僕自身が感極まって泣いちゃって、途中でもう全然、歌えなくなったことがあった。そしたら、みなさんから「泣かないで」って逆に励まされた。そういうこともありました。 ──熊本地震(2016年4月14日)にも行かれているそうですが? 舘 はい、行きました。ちょうど梅雨の時期の6月に行ったので、食品のケアが大変でした。陣頭指揮を執ったのは僕だった。まずは食事をする場所にテントを張った。ところが、行ってみたら張り方がズサンで、テントとテントの間からじゃあじゃあ雨が漏れそうだった。それでテントを全部張り直してから、炊き出しを始めた。とにかくじめじめした梅雨時でしたから、食中毒を出したら俺たちの負け。「使った全ての鍋、食器を消毒するように」と指示を出しました。幸い食中毒は発生せずに済みました。宿泊はキャンピングカーを派遣してもらって、僕はそこで寝泊まりしました。…