1: 匿名 2026/03/02(月) 23:55:19 地域で差が生じる大学進学率…地方で暮らす高校生や保護者が「無理して大学進学する/させる必要はない」と判断しても仕方ない背景 | 集英社オンライン | ニュースを本気で噛み砕け「学校の当たり前」を問い直し、教育の背後にある社会構造やジェンダーの力学を探究する寺町晋哉氏。氏によると大学進学において、生まれ育った地域、性別、通っている高校、保護者の学歴といった多くの壁、社会的諸条件を乗り越えなければならないのが「地方女子」だという。本記事では書籍『なぜ「地方女子」は呪縛になるのか』より一部を抜粋・再構成し、人口の過半数の最終学歴が高校である宮崎県において、「大学進学は当たり前ではない」という状況を解説する。集英社オンライン ■「地方」は大学進学が前提ではない 表4からわかるように、宮崎県内であっても、始業時刻に間に合わない町村は少なくない。また、時間上は通学が可能であっても、6時半以前に電車へ乗らなければならない市町も複数存在しており、「早起き」の意思がかなり必要になるだろう。 さらに言えば、この表は市町村の中心駅や役場を出発点にしており、そこへたどり着くまでに時間を要する場所に住んでいれば、通学はさらにハードなものになる。実際、宮崎県出身であっても、「一人暮らし」を選択する宮崎公立大学生は珍しくない。 宮崎県では県庁所在地の宮崎市であっても、大卒は「当たり前」ではなく、その他の市町村であれば、むしろ「珍しい」存在となりうる。 宮崎県の町村で暮らす子どもたちは、自分の親や兄姉が大学へ通っていなければ、大学という存在を意識することなく生活していくことが「当たり前」になる 「地方」で暮らす高校生やその保護者が、「無理して大学進学する/させる必要はない」と判断することは、非合理的な選択ではないだろう。 大学進学を想定せずに暮らすこと、「大学進学しない」進路選択をすることが「自然」な地域があることをふまえずに、大学進学率の「格差」を声高に叫ぶならば、「大学進学しなければならない」という圧力を無闇に強めてしまうおそれがある…