1: 征夷大将軍 ★ WmOoCRgP9 2026-02-19 06:03:20 文春オンライン2.18 「まるで、異世界の話を聞いてるみたい」 50代のおじさん3人が中学生時代の思い出を話しているのを聞いて、20代の女子大生・西野白馬(福本莉子)はそう呟いた。 フラウ・ボゥ派か、セイラ派か、マチルダさん派か、ハモン派か。『未知との遭遇』、『E.T.』、『竹取物語』の沢口靖子に、「タケちゃんマン」のオープニング……。 街に光化学スモッグ注意報が流れ、レンタルビデオショップが隆盛を極め、竿竹売りの軽トラックが走る。“ビーバップ”的な不良たちが跋扈し、おたく趣味を持つものは迫害され、教師たちの体罰は日常の風景だった――。 確かに、『ラムネモンキー』で描かれている「1988年」は、現代から見ると「異世界」に違いない。けれど、50歳前後の世代にとってはありありとその光景が蘇ってくる。 ■反町隆史、大森南朋、津田健次郎が“三者三様”の「行き詰まったおじさん」を演じる それを語っている3人はユン/吉井雄太(反町隆史)、チェン/藤巻肇(大森南朋)、キンポー/菊原紀介(津田健次郎)。 カンフー映画に『機動戦士ガンダム』や『超時空要塞マクロス』など、話題に出てくるものが、当時のトレンドよりも遅れているのは、少し古いものをこそ愛する“おたく気質”ゆえだろう(マチルダvsミンメイなんてたまらない!)。 ユンは大手商社に勤める、いわゆる勝ち組のサラリーマンだったが、贈賄容疑で逮捕され、「俺も、終わった」「何年も裁判を戦って、運良く勝ったとしても、俺は幾つだ? もう、元の職場にも、元の人生にも戻れない」と嘆いている。 チェンは、夢を叶えて映画監督になるもヒットには恵まれず、「原作クラッシャー」などと揶揄され、担当していた作品の監督も降板させられてしまう。フードデリバリーの配達員で食いつなぎながら、「夢ってそんなにいいものかね? あれも中二病の一種で病みたいなもんなんじゃねえか? 一度かかるとなかなか治らないやっかいな病」「気がつきゃ50過ぎてて今さら後戻りもできない」と自嘲する。 マンガ家を目指していたキンポーは、家業を継いで理容師に。認知症の母の介護に追われている。「この歳で夢を追うことなんてできないんだよ。若くて何物にも縛られてなくて、そういう時代に決断しなきゃいけなかったんだ。ユンみたいに成功を目指すことも、チェンみたいにやりたい道に突き進むこともできなかった僕は、ずっとここにとどまるしかない」と彼は言う。それぞれまったく違う人生を歩みながらも、いずれも人生の行き詰まりを感じている。 演じる3人も、若い頃からスター街道ど真ん中を歩んできた反町、名バイプレイヤーとして、サブカル色の強い作品にも数多く出演し、日本の映像界を支えてきた大森、そして、声優を主戦場としてキャリアを築いてきた津田と、その“出自”は三者三様。それが役柄と絶妙に響き合う。 3人は中学時代、一緒に映画研究会で自主映画を作った仲間。ちなみに、本作のタイトル『ラムネモンキー』は、『ドランクモンキー 酔拳』をオマージュして彼らが作った映画『ラムネモンキー 炭酸拳』から来ていることが、第3話で明かされる(このタイトル回収もおたく心をくすぐる仕掛けだ)。 その映画研究会の顧問となったのが、臨時教員としてやってきた「マチルダ」こと宮下未散(木竜麻生)。だが、彼女は1988年12月31日に突如行方不明になっていた。物語は、その真相を追うミステリーだ。 ■「ふてほど」「もしがく」にも通ずる、昨今のトレンドを抑えた設定だが… 学生時代の仲間が再び集結して、ミステリーが展開されるのは、前期の『良いこと悪いこと』(日本テレビ)や今期の『再会~Silent Truth』(テレビ朝日)など昨今のトレンドといえる。 また、宮藤官九郎の『不適切にもほどがある!』(TBS)や三谷幸喜による『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』(フジテレビ)など、「昭和」的な世界を懐古する作品も少なくない。 古沢良太による本作もそれらの系統にあるといえるだろう。そうした中で古沢がテーマのひとつに選んだのが「記憶の書き換え」だった。 第1話の冒頭、ある夜の記憶が描写される。マチルダは空を見上げながら3人に言う。 「私は、私の世界に帰るわ。月の彼方。M78星雲、イスカンダルの近く」 驚く3人にマチルダは続ける。 「君たちには悪いけど、私との記憶はすべて消し去る」 すると、眩い光とともにUFOがあらわれ、マチルダがそれに吸い込まれていく。それが、本当にあった出来事なのか、どこまでが事実で、どこからが妄想なのか、わからない。それはこの場面だけではない。 ※以下引用先で…