
1: 匿名 2026/02/12(木) 05:56:54 ID:kyNlHOsG9 デイリー 奇跡の復活!平野歩夢が7位で決勝進出「自分でもビックリ」骨盤骨折の大けがから25日で強行出場も華麗な舞 冬季五輪日本2人目の2連覇へ夢つなぐ 平野歩夢が7位で決勝進出「奇跡的。自分でもビックリ」骨盤骨折の大けがから25日で強行出場も華麗な舞 冬季五輪日本2人目の2連覇へ夢つなぐ/デイリースポーツ online「ミラノ・コルティナ五輪・スノーボード男子ハーフパイプ・予選」(11日、リヴィーニョ・スノーパーク) 4大会連続出場で22年北京五輪金メダリストの平野歩夢(27)=TOKIOインカラミ=は85・50点の7位で決勝進出。冬季五輪では日本勢2人...デイリースポーツ online 2.12 「ミラノ・コルティナ五輪・スノーボード男子ハーフパイプ・予選」(11日、リヴィーニョ・スノーパーク) 4大会連続出場で22年北京五輪金メダリストの平野歩夢(27)=TOKIOインカラミ=は85・50点の7位で決勝進出。 冬季五輪では日本勢2人目、フィギュアスケートの羽生結弦さん以来となる2大会連続金メダル獲得を目指す中で、大会直前に負傷に見舞われたアクシデントから奇跡の復活劇。 偉業へ夢をつないだ。 王者の舞を世界が注目する中、1本目、冒頭から高さ抜群のエアを披露。 2本目にキャブダブルコーク1440を見せると、その後も安定した技を繰り出し、最後はフロントサイドダブルコーク1440で締めくくった。 83点をマークし、7位につけた。 2本目は1本目の難度を上げ、スイッチバックダブルコーク1260を敢行。 終盤も難度を上げていき、4つ目のエアの後にバランスを崩しかけたがこらえて、完遂。 85・50点に伸ばし、演技後は戸塚らと笑顔で談笑する場面もあった。 予選突破後は「自分でもビックリしてるところはある。 すごくギリギリな状態での予選だったが、自分の中から怪我、声援、かき消すようにそういう集中をして臨んだ」と笑顔も交えながら振り返った。 「今までのいい状態を作れてない中で、急な五輪を迎えてしまったので、予選が通過できるかできないかは大事。 4年に一回しかないこの大会で、今は痛みありきで滑れている。 あとは自分が繋げてきたことを出し切れたら。 悔いなくやるべきことをやるだけ。 温かく見守っていただければ」と、決勝を見据えた。 平野歩は五輪前最後の実戦だった1月17日のW杯(スイス)で約7メートルの高さから落下。 板が折れるほど激しく転倒し、顔付近や下半身を強打した。 鼻と口付近からは大流血。 五輪開幕まで1カ月を切ったタイミングで骨盤の右腸骨などを2カ所骨折する悲劇に襲われ、出場が懸念された。 状態は私生活にも支障が出るほど。 10日の公式練習後には「(怪我で)終わったと思った。 2つの骨折と膝もいまだに感覚がない感じ。 先が見えない日々の時間はすごく長く感じた」と振り返った。 それでも簡単に諦めないのが五輪王者の強さ。 「戻れる可能性はゼロじゃなかったので、それが1%でもあるのなら、ここ(五輪)で滑りたいという気持ちだった。 そのまま終わるよりも自分が悔いなく最後までやりきって」。 状況が少しでも好転することを信じ、イタリアでの雪上復帰までこぎ着けた。 4年前は斜め軸に縦3回転、横4回転する「トリプルコーク1440」をひっさげて制した。 この4年でさらに技の難度は上がり「いつ命を落としてもおかしくないぐらいのレベル」。 テスト滑走と3日間の公式練習で感触を入念に確かめ「工夫しながら、何とか合わせようと頑張っている」とうなずいた。 2018年平昌大会前も、この4年間も、大きなけがを負うごとに乗り越え、強くなった。 不屈の精神で4大会連続の舞台を舞った。 ◆平野歩夢(ひらの・あゆむ)1998年11月29日、新潟県出身。 15歳で初出場した14年ソチ五輪では、冬季五輪日本選手で最年少表彰台となる銀メダルを獲得した。 18年平昌五輪も2位。 22年北京五輪では、同種目日本勢初の金メダルを獲得した。 21年東京五輪にはスケートボード・パークで出場。 24年3月に結婚を発表し、25年12月に第1子誕生を明かした。 新潟・開志国際高、日大出。 165センチ。…